「独裁」(福沢諭吉)

天皇と日本人の課題 (新書y)

天皇と日本人の課題 (新書y)

井崎正敏『天皇と日本人の課題』(2003年)の序章に、福沢諭吉*1の『福翁百話』の一節が引用されている(pp.8-9);


一国の政府は国民公心の代表者なり。扨これを代表するに君主一人を以てするものあり、野蛮半開の独裁国是れなり。或は君主を戴きながら憲法を定むるものあり、欧州に多き立憲の国々是れなり。又は全く君主なくして憲法に依頼するものは、亜米利加の合衆国を始めとして、欧州には仏蘭西瑞西等の共和政国あり。近年欧米政界の風潮を察するに、独裁より立憲に移り、立憲より協和に変ずるはあれども、苟も之を逆にして共和より独裁に還りたるの事例もなく、又その議論も聞かず。〔……〕*2竊に我輩の所見を以てすれば、いまの文明国に君主を戴くは国民の智愚を平均して其標準尚ほ未だ高からざるが故なり、其政治上の安心尚ほ低くして公心集合の点を無形の間に観ずること能はざるが故なり、彼の政客輩が一向に共和説を唱ふるは、身躬から多数の愚民と雑居して共に其愚を与にするの事実を忘れたるが故なりと、断言して憚らざる者なり。
井崎氏は福沢諭吉の言を、

文明国でまだくんすを戴いているのは国民の民度が低いからだ、と福沢諭吉はあけすけに言っている。「文明」の現代会においてはその役割を保持しているが、いずれ無用になるときが来る、これが福沢の天皇制度についての展望であった。(後略)(p.9)
パラフレーズしている。
「この『福翁百話』は明治二八(一八九五)年中に脱稿、二九年から三〇年にかけて『時事新報』に連載、三〇年に単行本として刊行された福沢晩年の著作」である(p.10)。気になったのは、福沢諭吉が使っている「独裁」という言葉。立憲君主制以前の君主制の在り方で、現代の私たちには、絶対主義、絶対君主制或いは君主専制*3という言葉で言った方がぴんと来やすいだろう。ここでいう「独裁」は福沢諭吉独自の用語なのか、当時一般的に流通していた用語なのかはわからない。また、最初の「独裁」という言葉を使ったのは誰なのかもわからない。
さて、1945年8月25日に、右翼団体「大東塾」の同志14名が敗戦という「不忠」を天皇に謝罪するために代々木練兵場で自決(切腹)した(See pp.73-77)。ここで気になったのは、この「自決」事件の意味ではない。『天皇と日本人の課題』にはその自決者の辞世の歌が何首か紹介されている(p.75)。牧野晴雄の

あなうれしいのち清らに今しわれ高天原に参上るなり
ここで提示されているのは、伝統的な神道的な死者の世界=黄泉国*4 ではなく、清浄な死者の世界としたの「高天原」なのだった。
この『天皇と日本人の課題』、最初に買ったときは漫然と読み流していただけだったのだが、改めて読み直してみると、とても滋味溢れる本だということに気づいた。