John Ashbery

Emma Bowman “John Ashbery, Celebrated And Experimental Poet Of The 20th Century, Dies At 90” http://www.npr.org/sections/thetwo-way/2017/09/03/548339170/john-ashbery-celebrated-experimental-poet-of-the-21st-century-dies-at-90
Associated Press “Poet John Ashbery dies age 90” https://www.theguardian.com/books/2017/sep/03/poet-john-ashbery-dies-age-90


現地時間9月3日午前、詩人のジョン・アシュベリー氏*1が紐育州の自宅にて老衰のため他界。享年90歳。
ポール・オースターがアシュベリーについて書いた「観念と物」というエッセイ(in 『空腹の技法』柴田元幸、畔柳和代訳、pp.134-139)を読んでみた。


ジョン・アシュベリーは読者に向かって親密に、ほとんど息苦しいほどの近さから語りかける詩人である。我々は彼の世界を自分の世界と感じるし、彼の言語は我々の日常的体験の言語である。にもかかわらず、今日の詩人で、これほど我々の確信を揺るがせ、我々の認識のなかの曖昧な領域をこれほどあざやかに描き出す詩人は稀だ。アシュベリーの詩を読みながら、我々はくり返し足下をすくわれる。トーン自体は平板で聞き慣れたものであるがゆえ、不意に足場を奪われた不安はいっそう強まる。平凡なものが奇妙になり、ついさっきまで明快に思えたものが突如として疑わしくなる。すべては同じ場所にとどまっているのに、何ひとつ同じではないのだ。

全体が不安定のなかで安定し、
我々の地球と同じような球体が 真空の
台座の上に静止している――噴き上げられた水の上に
しかと収まったピンポン玉。
アシュベリーは最新のアメリカ詩の本流とは違う場に位置している。そのせいか、彼の作品を無意味に難解、抽象的と見る批評家が多いが、それは単に彼の作品が、たいていの詩人とは異なる枠組から生み出されているということだ。概してアメリカ詩は、今日でも依然、自分が見たものを臆せず信じる立場から書かれつづけている。世界をめぐって、いわば「共通感覚(commonsense)」的な見方がそこには表れている。こうした姿勢から得られる可能性の幅がどれだけあるにせよ――実際その幅は広大だ――出発点はつねに物の世界である。ウィリアム・カーロス・ウィリアムズの有名なフレーズ「物のなかにしか観念はない」にしても、新たな種類の詩を求める孤独な叫びではなく、二十世紀アメリカの思想と文学全体を貫く流れの表明なのだ。ところがアシュベリーの作品では、力点が移動している。知覚された物の世界からはじめるところは同じでも、アシュベリーにとっては、その知覚ということ自体が問題をはらんでいる。わが国のほとんどすべての詩人が、認識の確信というものを自明視しているように思えるなか、彼はそうした確信にまったく頼れずにいる。(後略)(pp.134-136)

アシュベリーにとって現実は捉えがたく、物は決して見かけどおりではない。物同士を分離させたり、構成要素に分解したりすることは不可能だ。それらはたがいに重なりあい、交叉し、ついにはひとつの巨大な、たえず変化しつづける全体へと融合していく。「すべての物はそれみずからへの言及に思える/そしてそれらから発する名は他の指示物たちに枝分かれしていく」。こうした龍胴体に対してアシュベリーの採る姿勢は、論理よりも連想に根ざしている。人は何も本当に知ることはできない彼の悲観は、逆説的なことに、すべてに対し開かれた詩学に結実する。「かつて蜃気楼があったところに、きっと生があるはずだから」。物はほかの物につながっていき、たがいのなかに消えていき、全体をめぐる我々の感覚は一瞬ごとに変更を強いられる。単なる混乱に終わってしまってもおかしくない事態に統一感が保たれているのは、アシュベリーが自分自身を異様なほど厳密に観察しつづけているからだ。おのれの主観にどこまでも忠実であること、それがアシュベリー最大の才能であるように思える。(pp.136-137)
マラルメのような)「象徴主義者」との違い;

(前略)サンボリストたちが日常的なものの凡庸さから逃れようとして、高度に洗練された言語によって物の神秘的本質を喚起することをめざしたのに対し、アシュベリーが求めているのは日常的なものそれ自体だ。凡庸さのただなかにある幸福を彼は追及する。その文体は縦横に動く、修辞を駆使した、冗舌とすらいってよい文体である。それはいわば、物たちのまわりを執拗に語りつづける。そこから、あくまで表には出てこない、じかに知られることを拒む現実の感触が浮かび上がってくる。(pp.137-138)
空腹の技法 (新潮文庫)

空腹の技法 (新潮文庫)

See also


“John Ashbery” https://www.poetryfoundation.org/poets/john-ashbery
“John Ashbery” https://www.poets.org/poetsorg/poet/john-ashbery