「破門」(清水禮子)

破門の哲学―スピノザの生涯と思想

破門の哲学―スピノザの生涯と思想

清水禮子『破門の哲学 スピノザの生涯と思想』から。
「破門」という漢語/日本語に対応するヨーロッパの言葉は、


excommunication(英語)*1
Exkommunikation(独逸語)


これらは羅典語のexcommunicatioに遡る(pp.17-18)。
曰く、


ラテン語のexcommunicatioは、ex及びcommunicatioという二つの部分から成る。コムニカチオはcommunisに由来する名詞で、何かを共有している状態を指す。何かを共有していれば、その何かにおいて、自分以外の或る存在との或る結びつき、或る浸透が可能になり、少なくともその場面に関する限り、自他の区別や対立を意識せずに生きていくことが出来る。コミュニケーションという英語は、有機体が環境と結びつけられているという事態を指す言葉として使われることもあるが、有機体とその環境との間には、J・S・ホルデインも言うように、「絶えず固有の整合(coordination)」が保たれて」おり*2、両者の関係は確かに一種の浸透として捉えることが可能であろう。例えば、欲求の数も種類も質も貧しい下等な有機体の場合、有機体が求めるものと環境が差し出すものとは、全面的に重なり合う。いや、これら二つが全面的に重なり合う限りにおいてのみ、言い換えれば、有機体と環境との浸透関係が完全である限りにおいてのみ、その有機体は生存を続けて行くことが出来る。そして、そうした有機体にとっての環境は、環境として、すなわち自己の外に広がる多様な何かとして受け取られることもないのであろう。
下等な有機体に比べれば、欲求の数も種類も質も遥かに複雑な人間の場合、事情は勿論大いに異なる。人間にとって環境――特に自然的な環境――というのは、必ずしも、求めるものを求める形で差し出してくれるのではなく、全面的に、そして無条件に浸透し合える相手ではない。けれども、人間の社会的なレヴェルで、例えば言語、例えば政治的信念、例えば愛の共有が成り立てば、少なくともその特定の場面に関する限り、自分と自分以外の存在という対立の意識は背後に退き、外なるものは自分の延長となる。そして、人間が一般に、自然的環境との原始的な全面的な浸透という楽園を失ったことを意識しているだけに、人間的社会的なレヴェルでのコムニカチオは、人間にとって最も安らかな、最も幸せな状態の一つなのであろう。
そこで、コムニカチオというのが、自分以外の存在と何かを分け持ち、その何かを通して相手との或る結びつき、相手との或る浸透が可能になっている状態であるとすれば、エクスコムニカチオは、そうした幸せな状態の「外に」(ex)身を置くことを意味する。それは、自分以外の存在と浸透し合っている状態を失うことであり、その時、相手は、私の延長であることを止め、こちらの要求に応えてはくれぬものとなり、その意味や価値を私自身が改めて一つ一つ決定して行かねばならぬ対象として姿を現わして来る。(pp.18-19)
スコットランド生理学者、ホルデインについては、例えば、



“John Scott Haldane” https://www.giffordlectures.org/lecturers/john-scott-haldane
Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/John_Scott_Haldane



息子のJ. B. S. Haldaneも生物学者だが*3、こちらの方が有名であるようだ。
清水禮子はあの清水幾太郎*4の娘。既に2006年に他界している*5

*1:仏蘭西語は英語と綴りを共有する。

*2:HOLDANE, J. S. The Philosophical Basis of Biology, London, 1931(山縣春次、稲生晋吾訳、『生物学の哲学的基礎』、弘文堂、1941, p.17)。See p.227, 註47。

*3:See eg. https://en.wikipedia.org/wiki/J._B._S._Haldane https://ja.wikipedia.org/wiki/J%E3%83%BBB%E3%83%BBS%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%87%E3%83%B3

*4:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130129/1359438129

*5:See eg. 安田忠彦「清水礼子先生・・安らかにお眠り下さい。」http://blog.goo.ne.jp/yasuda1391/e/7e97a0b56867bd967f00154b26940d63 http://sikyo.net/-/1068172 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%85%E6%B0%B4%E7%A4%BC%E5%AD%90