「アイデアという無形のものを扱っている」こと

10月7日付のiza!の記事;


電通・東大卒女性社員が過労死「1日2時間しか寝れない」クリスマスに投身自殺

2016.10.7 17:19


 広告大手の電通に勤めていた高橋まつりさん=当時(24)=が昨年12月に自殺したのは、直前に残業時間が大幅に増えたのが原因だとして、三田労働基準監督署(東京)が労災認定していたことが7日、分かった。遺族代理人川人博弁護士が明らかにした。認定は9月30日付。

 川人氏によると高橋さんは東大卒業後の昨年4月、電通に入社し、インターネット広告などを担当した。本採用となった10月以降、業務が増加し、11月上旬にはうつ病を発症したとみられる。12月25日、東京都内の社宅から投身自殺した。発症前1カ月の残業時間は月約105時間に達し、2カ月前の約40時間から倍増していた。

 母親の高橋幸美さん(53)=静岡県=は記者会見し「過労死が繰り返されないよう、企業の労務管理の改善と、国が企業に指導を行うよう強く希望する」と話した。
http://www.iza.ne.jp/kiji/events/news/161007/evt16100717190010-n1.html

この事件について、何かコメントしようとは思って、関連の資料とかは少しずつ集めてはいるのだけれど。
興味深いテクストがあったので、メモしておく。


マエダショータ「広告業界という無法地帯へ」http://monthly-shota.hatenablog.com/entry/2016/10/20/214026


コピー・ライターとして電通*1に勤務していた方だという。
先ず、みんなの畏れや憧れやルサンティマンやらが投影された共同幻想モンスターとしての「電通」;


但し、まず明確にしておきたいのは、電通はメディアの支配者でも、日本国の影の主権者でもないということだ。電通で働いたこともない人たち、電通の内部を知りもしない人たちが「電通というのは恐ろしい会社だ」、「日本を牛耳っている存在だ」、「悪の権化だ」と吹聴することに関して、社員たちがどのように思っているか。少なくとも、僕は「勝手に言っておけ。もっと言え」だ。

なぜなら、そのようにまことしやかに囁かれることは、業務上およそ不利には働かないからだ。「電通はなんか知らんが凄いらしい」、「電通ならやってくれる」という共同幻想が強化されるため、むしろ色んな仕事や相談事が舞い込んでくる。

旧ソ連KGBみたいなものだ。週刊誌ライターをしている知人から聞いた話だが、ロシアに取材に行く外国人記者は「各人の行動や通信は当局に完全に監視されているらしい。KGB出身のプーチンが統治するロシアにはそれくらいの力があるはずだ。だから気を付けなくてはいけない」と思い込むという。

実際はKGBだろうと、現在のSVRだろうと、そのような隠然たる力があるわけはない。物理的に難しいことなのだ。しかし、ロシア政府関係者はそれを否定はしない。勝手に陰謀論を信じ込んでもらうことで不利益はほとんどないからだ。

かくして、電通にも様々な仕事や相談事が舞い込む。「雨を降らせろ」みたいな荒唐無稽なことは無理だが、「我が社のこの巨大プロジェクトを着地させよ」とか「これをx日までに作り上げろ」といった仕事なら、電通は大抵のことはやり遂げてしまう。社員や関係会社のスタッフが血反吐を吐くような思いをしてだ。

では、何故「電通」では「長時間勤務」になるのか;

長時間勤務の問題は、電通上層部が何十年にも渡り頭を悩ませてきたことだ。

そこまで悩むならいい加減解決策を出せ、と言われるだろうが、そうはいかない。

理由のひとつは、「電通は自社でモノを作って売っている会社ではない」ということだ。自社の工場を動かす会社なら、製造量を制限して「はい、ここまで」と電気を消して、社員を帰らせれば済むかもしれない。しかし、広告業界というのはクライアント企業から仕事を請けて初めて仕事が発生する受注産業である。

僕がいた頃でも、「残業は月○○時間まで」、「夜十時以降の残業をする際は、上長の承認を事前に受けること」などといった非現実的な規則が導入されていった。夜九時に営業から電話があって、「あの件、変更になった! 明日までに代案を出せって!」と言われたりしたなら、「上長の許可が得られませんので対応できません」と答えろとでも言うのだろうか。それを営業はクライアントにどのように伝えるというのか。また、営業は、そう言うコピーライターに次に仕事を頼みたいだろうか。

先人たちの努力により「大抵のことはやり遂げてくれる」との評価を築いた電通は、いつしか「どんな無理を言ってもいい存在」に成り下がってしまった。

日本企業の広告宣伝部、広報といった部署が重要視され肥大化する中で、広告主の発言権が際限なく大きくなってしまい、キーマンをあたかも神のように扱うのが広告業界の悪癖となってしまった。もちろん、靴を舐めるようにして増長を許してきた電通博報堂を始め、各広告会社の責任も免れないだろう。拝跪して言われたことを聞き、ノタ打ち回って仕事を完遂することが優れたサービスだとして競争してきた結果が、今日の姿だ。

電通の社員に灰皿を投げつける人、ボケカス無能と大声で面罵する人、そうやって高給取りの電通社員を足蹴にして悦に入るような人間が、日本のあちこちの企業にいる。あちこちにいて、今回の騒ぎについて知らぬ顔を決め込んでいる。

電通」に限らず、一般にホワイトカラー労働は「クライアント」や顧客次第ということはある*2。ただ、「電通」(のような広告代理店)の場合、その一般的原則を昂進させ、「広告主の発言権が際限なく大きくなってしま」った原因のひとつは、上でも言われているような、「電通」(のような広告代理店)がモンスターとして構築されてしまっており、しかも「業務上およそ不利には働かないから」ということで是認してきたということだろう。
たしかに「長時間労働」は問題だ。しかし、高橋まつりさんの自死の直接的原因は「長時間労働」ではないと思う。彼女と同じ部署の人たちは同様の「長時間労働」をさせられたわけだ。最初に引用したiza!の記事では言及されていないが、高橋まつりさんは直接の上司から酷いパワハラを受けていた。それも、自らの過剰労働の意味を全否定されるような。彼女の背中を冥界に向かって最終的に押したのはその上司だろう。誰もが「電通」を非難する。その非難は正しいにせよ、「電通」というのは糾弾でも脅迫でも自らの餌として肥えていくモンスターだということを忘れてはならない。また、「電通」を非難することによって、事態を匿名化してしまうという効果もある。やはり、自死に直接的な責任がある筈の上司が説明責任を果たさず、匿名性の闇に保護されたままだというのは納得がいかない。もし上司がパワハラなどしない善良な上司だったら、悲劇は別のストーリーを辿っていたのではないかと思う。豚も煽てりゃ樹に登るというけれど、私たち、特に(学術やアートを含む)クリエイティヴな仕事に従事している人は、自らの行為或いは存在が肯定されれば、容易に限界を超えて、生と死の境界地帯に踏み込んでしまう。マエダさんは

長時間残業が減らない理由をもうひとつ挙げるなら、アイデアという無形のものを扱っているため、企画においては「これで完成」ということがない。 コピーを考えるにしても、あと一時間考えたらもっといいモノが書けるのではないか、これでいいのだろうか? という疑念は常に脳裏を離れることがない。

電通と一口に言っても、部署ごとに業務内容も全く違えば、感じるプレッシャーも違う。僕が知る広告制作の現場で言えば、こういう側面もあるのだ。

それを根性論と片付けることもできるし、確かに根性論で成果を上げている先輩もいたから、体育会系が大嫌いな僕のような軟弱な人間でも、一目は置かざるを得ないのだ。

もちろん勤務時間に含めることはしないが、夜中にベッドの中で何事かを思い付いて、起き上がってメモするような経験は、この仕事をしている者なら誰しもあったはずだ。

と書いているけれど、これも自らの存在や仕事がクライアントにも上司にも肯定されているという感覚があることを前提にしてのことだろう。