ファゴットかバスーンか問題など

TBSの報道;


音大に侵入し楽器窃盗、「東大教授」名乗り転売


関東の音楽大学などに侵入し、管弦楽器の窃盗を繰り返していたとみられる無職の男が、警視庁に逮捕されました。男は、「東京大学の教授」を名乗って、盗んだ楽器を転売していたということです。

 長い管を2つ折りにした特徴的な形の管楽器「ファゴット」。このファゴットを盗んだとして、東京・新宿区の無職・西田晶彦容疑者(58)が警視庁に逮捕されました。西田容疑者は、去年9月、小平市にある武蔵野美術大学管弦楽サークルの楽器庫に侵入し、ファゴットや楽譜など合わせて15点(40万円相当)を盗んだ疑いが持たれています。

 西田容疑者は、盗んだファゴットを品川区にある中古楽器売店に持ち込み、転売していました。その際、「東京大学の教授」を名乗っていたということです。

 「売りに来たときに『東大の教授だ』と言ってきた。それっぽい格好、シャツ、スラックス、ネームプレート」(楽器が売られた店の店員)

 西田容疑者が使っていた名刺。肩書きは「東京大学大学院の工学博士、教授」で、専攻は「航空宇宙工学」と書かれています。こうした名刺で信用させようとしたのでしょうか。店員の男性は、念のため、持ち込まれたファゴットが盗品でないか確かめたといいます。

 「持ってきた物の状態とか、突っ込んで聞いても答えられる。すごいプロなのかなと」(楽器が売られた店の店員)

 その後、盗まれたファゴットがインターネット上で販売されているのを被害に遭った女子学生が発見。警察に相談し、西田容疑者の関与が浮上したということです。

 今回被害にあったファゴットとはどのような楽器なのでしょうか。

 「安いものでも5、60万円、高いものだと500万や600万。ファゴット自体が中古の流通が少ない分、中古でも金額がつくケースが非常に高い」(クロサワウインド 杉森能之副店長)

 取り調べに対し、西田容疑者は、「自分も楽器をやっていた」「お金が欲しくてやった」と容疑を認めているということです。

 警視庁は、西田容疑者がおととし夏ごろから、関東の音楽大学美術大学でギターやクラリネットなど管弦楽器の窃盗をおよそ15件繰り返していたとみて、詳しく調べています。(10日16:37)
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2699938.html

タイトルは「音大に侵入し楽器窃盗」となっているけど、今回逮捕された直接の容疑は「武蔵野美術大学管弦楽サークルの楽器庫に侵入し、ファゴットや楽譜など合わせて15点(40万円相当)を盗んだ疑い」なのだ。つまり、「音大」じゃなくて美大じゃないか。「音大に侵入し」云々というのは余罪の方。だから、このタイトルはちょっとまずいでしょ。
本件は詐欺事件ではないけど、やはり多くの詐欺事件と同じように、フィクショナルな自己の呈示としての演技を含んでいる。そのための最も手っ取り早い仕掛けは制服だろう。制服(らしきもの)を着ることによって、軍人、警察官、高校生、駅員etc.としての自己を呈示し、あわよくばカモにそう信じさせることができる。厳密には制服ではないけれど、北野康行aka有栖川識仁*1の場合も、〈大礼服〉というのが大きな働きをしたわけでしょ。この西田晶彦という男が呈示しようとしたのは「東大教授」、「航空宇宙工学」の教授としての自己である。信じてしまった「中古楽器売店」の「店員」は「それっぽい格好、シャツ、スラックス、ネームプレート」と言っている。この「店員」は「東大教授」だという西田の自己申告を、「それっぽい格好」という身なりを根拠にして信じてしまったことになる。なかなか面白い問題。世間には、これを着たら「東大教授」! というか、「東大教授」はこれを着ている筈! というファッションのイメージというかステレオタイプが存在しているわけだ。ランダムにサンプリングされた一般人にそのイメージを答えてもらって、リアルな「東大教授」の自己認識とのギャップを明らかにすること。また、一般人によって構築された「東大教授」イメージに基づいて、やはりランダムにサンプリングされた一般人に「東大教授」に扮してもらい、どのくらい相手を騙せるのか(相手に信じてもらえるのか)を調べる。さらに、このような世間のステレオタイプに基づく一般人によるフェイク「東大教授」の自己呈示とリアルな「東大教授」の自己呈示では、どちらが信じられやすいのかを比較する、等々。
さて、この「店員」は「持ってきた物の状態とか、突っ込んで聞いても答えられる。すごいプロなのかなと」と言っている。楽器屋の「店員」なので素人ではなく、これは楽器についての「プロ」が「すごいプロ」と言っているわけですよね。これは、「東大教授」とか、「航空宇宙工学」の教授とかとは関係なく、西田の楽器についての知識が「プロ」並みだという印象を持ったということなのか。音響工学ならともかく、「航空宇宙工学」と楽器についての知識はあまり関係ないような気がする。
あと、上の記事からはよくわからないのは、西田は「関東の音楽大学美術大学でギターやクラリネットなど管弦楽器の窃盗をおよそ15件繰り返していた」わけだけど、これらは全て(今回のように)換金していたのかどうか。また、その場合、「転売」先は今回と同じ「中古楽器売店」だったのか。それとも別の店だったのか。前者の場合だったら、「店員」は相互行為のセッションを重ねるとともに、西田への信頼が強化されたり逆にゆらいだりするという経験を経ていることになる。また、後者の場合、西田はやはり今回と同様に「東大教授」としての自己を呈示したのか、それとも別の自己を呈示していたのかという疑問が発生する。

ところで、盗まれた「ファゴット」。「バスーン」と呼ばれるのとどちらが多いのだろうか。因みに、Wikipediaの項のタイトルは「ファゴット*2ファゴットは伊太利語や独逸語、バスーンは英語や仏蘭西語。やはりクラシックの世界は独逸語、次いでは伊太利語が強いので、やはり「ファゴット」が一般的なのだろうか。「日本ファゴットバスーン)協会」という団体もある*3。また、ファゴットは日本ではヤマハが作っているのだが、そのヤマハのサイトでは、URLはbassoon、本文は「ファゴット」になっている*4