ヒントとアイデンティフィケーション

老女を殺害した名古屋大学の女子学生の実名や顔写真を『週刊新潮』が公表してしまったことだが*1、思ったのは、いちいちもっともらしい御託を並べていないで読者の劣情に迎合したいからと正直に言えよということ。また、とはいっても、インターネットを使っている人なら、その女子学生の実名も顔も既に知っている/いつでも知ることができる状態にあるので、何を今更! ということ。また、簡単に知ることができるからこそ、敢えて見て見ぬ振りをするというのも大人の態度といえるのではないか。
さて、和歌山県の小学生殺しについて。関連の記事をさくっとコピペして引用しようとも思ったけれど、やめた。小学生殺しの容疑者は既に22歳なので実名が出ているが、その親の実名は各社とも公表していない。しかし、〈適切な〉(?)ヒントにより、ネット検索についての基本的なスキルを有する人だったら誰でも、1分もしないうちに、父親の実名や職業がわかるようになっている*2。どういうつもりでこういう書き方をしているんだろうねと思った。これで検索できないお前はバカだといいたいのか。それとも、何か問題になったとき、うちは「実名」なんて書いていませんよ、みんな勝手にうちの記事から語句をコピペして検索にかけているだけですとか言い訳したいのだろうか。つまり、〈自己責任〉の避妊もとい否認。ちなみに、この場合、名古屋の女子大生と違って、「少年法」という縛りはない。まあ、大手メディアが潔く自己責任を引き受けるということをしないから、自己責任からの逃亡が社会に蔓延するのだと言っておこうか。実際、今後この犯罪を理解する上で容疑者の家族的は背景の理解は不可欠である一方、その親に対する人民裁判的なバッシングは回避しなければならないというディレンマはある。


「東大教務課による垢特定騒動について」http://ameblo.jp/zeprush1/entry-11985898890.html
「東大による垢特定騒動の一応の終焉」http://ameblo.jp/zeprush1/entry-11986483467.html


こちらは、ISIS「クソコラ」騒動*3を巡って、批判的な意図で「クソコラ」写真をツィッターに投稿したところ、東大当局がツィッター・アカウントと本人とのアイデンティフィケーションに性交もとい成功したため、当局に呼び出され・説教を食らった東京大学生の話。