重金属都市

市川哲史「ポールが日本の留置場で唄った「イエスタデイ」は実話だった 市川哲史が70年代の来日公演を回顧」http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160127-00010016-realsound-musi&pos=3


瀧島祐介『獄中で聴いたイエスタデイ』という本の紹介記事なのだが、興味をそそったのは、やくざさんでもポール・マッカートニーでもなく、名古屋のこと。
曰く、


「80年代前半の私は名古屋の大学生だったが、当時の愛知県は〈洋楽=ヘヴィメタル〉な特殊すぎる文化圏で、ニューウェイヴやらニューロマやらテクノやら新しいモードのロック百花繚乱期だったにもかかわらず、非ヘヴィメタのライヴ会場は閑古鳥の巣窟だった。あのU2の初来日公演なんて、「どうせ入らないから」と瀬戸市文化センターで行なわれたほどだ。名古屋から見下されたバンド、U2。わははは。

 それだけに客がまばらなライヴでは、私も開演と同時にステージ前にダッシュしたものだ。当時飛ぶ鳥落としまくりのユーリズミックス初来日だって、名古屋市公会堂に千人もいなかったんだもん。

そうだったんだ! でも、そんな名古屋系の重金属バンドは知らない。尤も、日本のへヴィ・メタルについてあまり知らないのだけど。名古屋出身のロック・バンドというと、センチメンタル・シティ・ロマンス*1竹内まりや加藤登紀子のバック・バンドとしても知られていたが、基本的にウェスト・コースト系。また、コスモス・ファクトリー*2プログレ
さて、

ローリング・ストーンズの初来日ライヴが1973年1月の武道館5日間公演に決定すると当然、前売券は即座に完売した。しかし公演20日前の1月8日に、大麻所持の前科を理由に外務省がストーンズの入国拒否を発表し、結局来日公演は中止の憂き目を見た。

 よほどショックだったのか単なる便乗なのか、辺見えみりのお父さん・西郷輝彦がなぜかサンタナ「ブラック・マジック・ウーマン」のイントロを明らかにパクった曲「ローリング・ストーンズは来なかった」を唄ったのであった。

サンタナの「ブラック・マジック・ウーマン」は一応カヴァーで、オリジナルはフリートウッド・マック
Ultimate Santana: His All Time Greatest Hits

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