「ポール・ヴァレリーと帝国主義」など

http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120601/1338525962に関連して、


haruhiwai18 "ヴァレリーは19世紀末の「ドレフュス事件」*1において「反ドレフュス」派""ヴァレリーはいわゆる反ユダヤ主義者・人種主義者ではない」という" →ヴァレリーの青年期についてhttp://p.tl/2WHtを発見。 2012/06/02
http://b.hatena.ne.jp/haruhiwai18/20120602#bookmark-96249914
ということで、


松田浩則ポール・ヴァレリー帝国主義(Paul Valery and the imperialism)」(科学研究費補助金データベース)http://kaken.nii.ac.jp/ja/p/16520155


その「研究概要(最新報告)」に曰く、


1.1920年代後半から第二次世界大戦にいたるまで、ヨーロッパを代表する知性として、とくに国際速盟の知的協力委員会を舞台に、ヨーロッパ諸国間の対話と協力の政策を推し進めたボール・ヴァレリー(1871-1945)であるが、彼はその青年期の知的形成期において、かなり愛国主義的、さらには帝国主義的な思想傾向の持ち主であった。19世紀末に続発した労働運動にたいして冷淡な眼差しを投げ、ドレフュス事件において反ドレフュス的な立場を取るヴァレリーはまた、ヨーロッパ列強がアフリカ大陸で推し進める帝国主義的政策を非難するどころか、それにおおいに熱狂する。こうした態度がなにに由来するのかを考える上で、いちばんポイントになるのは、彼自身の精神的な不安である。いわゆる「ジェノヴァの危機」へといたる情動的、知的な危機が、彼に強力な精神を渇望させたと考えるべきである。つまり、彼は、ヨーロッパ列強のなかにあって、徐々にその優位的な立場を失いつつあるフランスの運命と、きわめて個人的な運命とを平行的に考えながら、当時の社会問題に関与しようとしていたのである。

2.ヴァレリーがこうした情動的な危機をきっかけに書き出した日記帳『カイエ』が雄弁に示しているように、彼はまず、書く行為を通して、みずからの精神の立て直しを図る。「体系」をめぐる考察が頻繁に現れるのはそこに由来する。しかし、こうした中から、彼はみずからのエロチシズムを知的コントロールのもとで表現する独特の方法を編み出していく。実に、知性とエロスの混交から、彼は『若きパルク』のような傑作を生み出していくのだが、こうした方法は、最晩年の未公刊の作品『コロナ』や『コロニラ』にまで続いている*1

「情動的な危機」。清水徹ヴァレリー――知性と感性の相剋』*2は「知性と感性の相剋」といっても、ここで扱われているのは主に女に対する情念であって、お国に対する情念は殆ど言及されていない。
ヴァレリー詩集 (岩波文庫)

ヴァレリー詩集 (岩波文庫)

ヴァレリー――知性と感性の相剋 (岩波新書)

ヴァレリー――知性と感性の相剋 (岩波新書)

ところで、ヴァレリーナショナリズムとの関係を考えるに当たっては、恒川邦夫氏(「ポール・ヴァレリーにおける〈精神〉の意味」*3)による以下のような指摘を無視するわけにはいかないだろう;

ヴァレリーの生涯(一八七一−一九四五)はフランス第三共和国の興亡とほぼ軌を一にしている。第二帝政期のフランスとプロイセン王国が戦った普仏(別名、独仏)戦争の講和条約が締結されたのが一八七一年五月十日、抗戦の継続を主張する労働者・革命家たちの起こしたパリ・コミューンが制圧されたのが五月二十八日、その年の十月三十日にヴァレリーは生まれている。戦後、勝者側には、プロイセンを盟主としたドイツ帝国が生まれ、敗戦国フランスにおいては、共和派が力を得て、一八七五年に第三共和制が発足する。以後、ヴァレリーの世代はドイツとの確執につきまとわれることになる。ドイツへの軍事機密の漏洩が断罪され、国論を二分した十九世紀末のドレフュス事件、二十世紀に入って、第一次世界大戦第二次世界大戦と大規模な戦争を体験したが、敵はつねにドイツであった。最初の近代戦に敗れ、アルザス=ロレーヌを割譲した敗戦の屈辱が頭に叩きこまれた世代であったというべきか。しかし、世界大戦のもたらした傷跡は単に仏独の確執にとどまるものではない。めざましい科学技術の進展に伴い人類に明るい未来が約束されているかのように見えたものが、暗転して、未曾有の兄弟殺しになった第一次世界大戦は、人々の目に〈西欧の没落〉を予告する歴史的な出来事と映った。(pp.495-496)
精神の危機 他15篇 (岩波文庫)

精神の危機 他15篇 (岩波文庫)

*1:この下に英語版が続くが、それは日本語の「概要」の翻訳ではない。

*2:See http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120407/1333827878

*3:See http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120506/1336268010