アフリカ/国民国家(メモ)

アフリカ (地域からの世界史)

アフリカ (地域からの世界史)

川田順造『地域からの世界史9 アフリカ』*1(1993)から少し長いメモ。


(前略)アフリカ社会については、ある文化を共有し「われわれ」意識をもつ人間集団を指すのに、民族という言葉より部族という言葉の方がよく用いられてきた(どちらも日本語では明治以後の造語であろうが)。「部族社会」とか「部族主義」などの語も、「トライバル・ソサエティ」や「トライバリズム」の訳語として輸入された形で使用されてきた。英語では近年「トライブ(tribe)」という語が差別的な響きをもつとして、「エスニック・グループ(ethnic group)」など、「エトノス」という人々を指すギリシア語に由来する語の方が、より中立的な語として用いられる傾向がある。しかし日本語では「民族」という語は、英語などの「ネーション(nation)」、つまり「国民」とむしろ重なり合う含意をもつので、別の面で再定義が必要になる。
(略)日本語の「民族」という語が、アフリカの、普通××族と「族」をつけて呼ばれる比較的小規模な人間集団を指すのに相応しくないと考えられるのは、民族がネーションつまり国家、それも近代の欧米によってつくられた国際社会の一員としての国家を形成する国民、ないしはそれを志向する、近代国家としての政治的自立の自覚をもった比較的大規模な集団を意味することが多いからだ。それはとりもなおさず、「国民国家(nation state)」という、一九世紀のヨーロッパでとくに明確にされ、政治社会のあり方として価値づけられた観念が、現在もまだわれわれの価値意識のなかに、社会の到達すべき最終的な形態として存続しているからにほかならない。
近代西洋は、技術・学問・制度などで世界に大きな影響を及ぼしたが、国民国家の観念に基づく近代国家の制度ほど、世界中をくまなく覆ったものはあるまい。それが現代世界で、本家本元のヨーロッパをはじめ、いたるところで音を立てて崩れ、あるいは構成員に対する桎梏となっていることは周知の事実だ。しかも「国家」が危機に瀕し、国連などの国際機関が介入する場合ですら、介入の最終目標は安定した国民国家を再建することにあるのだから、現代にあっても、近代国家=国民国家の呪縛は、なお支配的であるといわなければならない。
第二次大戦後のアフリカについても、植民地支配に抗して独立の近代国家形成に向かう運動は民族主義(nationalism)、国家形成に逆行しあるいは近代国家の枠組みを崩壊させるような動きは部族主義(tribalism)と呼ばれてきたが、そこにも近代国家を至上とする価値観が表れているのだろう。現実には、独立したのは民族ではなく植民地だという指摘に示されているように、一九世紀のヨーロッパ列強のそれこそナショナリズムを反映して、彼らの都合で境界の線引きが行われた旧植民地=独立国家の地域的枠組みは、住民の集合的アイデンティティとは無関係に設定されたものだ。したがって「独立した植民地」の一国が複数の部族を含む一方で、一つの民族であるべきものが複数の国家に分けられるといった事態が、現代のアフリカでは一般的なのである。
アフリカの多くの旧植民地が独立を達成した直後の一九六三年に創設されたアフリカ統一機構(OAU)さえ、国境線については現状維持を原則として認めているのも、この問題に手をつければ、収拾のつかない混乱に陥ることが明らかだからである。しかし政治的にも、経済的にも、植民地から受け継いだ現在の国家の区切りが諸悪の根源であることは明白で、とくに経済的自立のためには、決定的な障害になっている。(後略)(pp.210-212)

国民国家というような中間の政治統合を最終的な形で固定強化することは、むしろそのようにしてつくられた国家間の、あるいは国家によって枠づけられた民族間の、対立抗争を深めるもとになる。むしろアフリカ全体にゆるやかな政治・経済的統合をつくり、旧植民地宗主国側や北側先進工業国に対して団結していくという考え方は、結局は現実的障害――そのなかには、ルムンバが殺されたコンゴ動乱のように、アフリカ外の勢力の利権のからんだ紛争も多い――によって、当面政治の場からは消滅させられてしまった観がある。たしかにパン・アフリカ主義にも、アフリカ全体を統一する理念をどこに求めるか、そのリーダーシップを誰がとるかなどの果てしなく難しい問題があり、現にアフリカ統一機構や地域的経済統合すらうまく機能していない現状で、あまりに理想主義的だという見方も成り立つ。しかしそれなら、現在の国境をもとに国民国家の統合を進めていく方がより現実的だとも決していえない。しかも、政治之民主化の流れのなかで、機構としての国家の存立さえ危うくなっている国も少なくないのである。(pp.213-214)
「国家と民族の軋轢が世界各地で顕在化しているいま、アフリカにむしろ、世界に先駆けた新しい政治社会のあり方を期待したくなる」(p.214)として――

「民族問題」という、最近よく用いられる言葉とその考え方に、私は反発する。そうしたとらえ方では、民族が存在すること自体が、問題の、そして紛争の根本要因であるかのようだ。だが第一、民族というものは、集団間の対立や緊張を生むべき何らかの原因――政治的、経済的差別、不平等など――があって、顕在化し意識化されるので、民族という集団の存在自体がきわめて状況的なものだ。民族というものは自己中心的であり、言語、宗教、習俗などの違いがあるから民族は対立するのだという議論は、根本的に間違っている。もし人間の集団が、こうした違いだけで仲たがいそいていたら、人類はとっくに滅びている。ある集団を「民族」として他の集団との差異において自覚させ、対立させるのは、その原因があるからだ。その原因を究めずに「民族問題」として「民族」を最終原因にしてしまうのは、問題の本質を覆い隠すことにもなる。
「民族国家」ないし「国民国家」というとらえ方では、アフリカがいま、世界最悪の地域の一つのように見えるとしても、アフリカの生活を知り、いくらかでもアフリカ人の心を知る者としては、アフリカのもう一つの面、異質で雑多なものをおおらかに、さりげなく受け入れて共存する深い知恵に、むしろ希望を託したくなる。そうした知恵が、外の勢力の使嗾や利権との結びつきに毒されずに、また時代遅れな「近代国家」の枠にとらわれずに、新しい人間集団の共存のあり方を示していくことはできないものだろうか。しきたりや言葉の違う集団のなかに放り込まれても、平然と生きていくおおらかさ、商業活動や日常の交わりのうえでもいくつもの言語を併用し、「異民族」ともごく自然にうまくやっていく、ほとんど本能に近いもの――都市でも村落でも、アフリカの人たちのなかで暮らして感じる、あの生きることへの果てしないくつろぎ――それが、一度アフリカの空気を吸った者はまたアフリカに戻りたくなるという、いわゆる「アフリカの毒」の正体であるように思う。そのような多部族共存(ここでは「民族」という近代国家の既成概念でこわばった言葉をあえて裂けるが)の論理と倫理を積極的に評価し、政治思想として開発することは、人類の将来を模索するうえで、アフリカという地域が世界史に貢献する重要な点の一つであると思う。(pp.214-216)
アフリカの「部族」社会については、


和崎春日「できていた「国家」と選ぶ民族――アフリカ民衆の生活戦略――」飯島茂編『せめぎあう「民族」と国家』*2、pp.183-210*3


もまたマークしておく。それから、「ネーション」と「部族」との関係を巡っては、小田亮「翻訳としての文化――カニバリズム・文化相対主義オリエンタリズム*4の特にpp.133-135も参照されたい。

理性と暴力―現象学と人間科学 (Phaenomenologica)

理性と暴力―現象学と人間科学 (Phaenomenologica)

ところで、一昨年ネット社会の一部を賑わした〈アフリカ論争〉*5ってどうなったのか;


http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100207

http://d.hatena.ne.jp/hokusyu/20100208/p1

http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51398020.html