ニューオリンズ、そしてフロリダ(メモ)

二十世紀を超えて

二十世紀を超えて

来年はLA暴動*120周年。宇沢弘文「世紀末に立って」(in 『二十世紀を超えて』、pp.1-21)からメモ;


世紀末のアメリカを象徴するような二つの事件が、一九九二年中に起こっている。四月に起きたロサンゼルスの大暴動と八月末から九月にかけて、南部のフロリダを中心として襲った巨大ハリケーンである。
ロサンゼルスの大暴動は、国内の事件としては、南北戦争以来もっとも大きな犠牲者と被害を出したといわれているが、それはもっぱらアメリカ経済の衰退、社会の凶悪化、政治の貧困によって惹き起こされたものである。ヴェトナム戦争前後から、ニクソンレーガン、ブッシュの三大統領を中心とした共和党政権がとってきた政策、制度改革の必然的な帰結であって、これらの政権のもつ反社会的政治理念の具現化であるといってよい。とくに、一九八一年から八年間つづいたレーガン政権の政策、制度改革は現在にいたるまで大きな影を落としつづけている。なかでも、レーガン大統領が強行した第一次の所得税減税措置は、三年間にわたって平均税率を二五%引き下げるという大きな規模をもっていたが、それは、もっぱら高所得者層に対して過度の恩恵を与え、中ないし低所得者層には逆に実質的負担を高くするというきわめて逆進性のつよいものであった。ジョンソン政権のもとでつくられた「偉大な社会」プログラムの構想も、レーガン大統領のもとで完全に無視されてしまった。レーガン=ブッシュ政策による被害をもっとも深刻なかたちで受けたのが黒人社会であって、ロサンゼルスの暴動が歴史上最大に近いまでの規模に発展していったのもこのような社会的、政治的背景があったからである。
フロリダ地方を襲ったハリケーンによる大きな被害もまた、同じような政治的背景を抜きにしては考えられない。たしかに、今回の巨大ハリケーンは、史上稀にみる大きなエネルギーをもっていたことは事実であるが、その被害がこのようなかたちで大きくなっていったのは、人災というべき性格をもっているからである。フロリダ地域の開発は、一九七〇年代に始まったといわれているが、一九八〇年代、その頂点に達した。それは、レーガン政権のもとで展開された規制の緩和ないし撤廃措置、いわゆる民間活力による活性化の流れのなかで、自然災害を受けやすい地域に、建築基準をはるかに下回る住宅が数多く建てられた。今回のハリケーンによって破壊された住宅のなかには、屋根のスレートを釘でなく、ホッチキスで止めた類いのものが数多くみられたという。この巨大ハリケーンはまさに、自然を惧れず、人間を蔑視しつづけてきたニクソンレーガンたちに対して下された天の鉄槌に他ならない。(pp.4-6)
米国におけるハリケーンによる水害というと、2005年のニューオリンズの記憶がまだ新しいが*2、1992年のハリケーンについては忘れていた。
さらに曰く、

フロリダの、この地域はまた、歴史的に、アメリカ資本主義を象徴する事件の起こったところとしても知られている。第一次世界大戦のあと、一九二〇年代を通じて、アメリカ経済は、史上空前の景気を謳歌した。多少の景気変動の波はあったが、この十年間、実質国民所得が二倍に上昇するという経済成長を経験したが、その後半は、きわめて不安定的、投機的性格のつよいものに変わっていった。「ロアーリング・トゥエンティーズ」と表現される所以であるが、それを象徴するような事件がフロリダを舞台として起きた。一九二〇年代の半ば頃から、投機的動機にもとづく取引が活発化したが、その一つに、フロリダに別荘用の土地を購入するという現象が大流行した。それも、実際に別荘を建てて利用するという動機からではなく、別荘用土地の価格上昇を見込んでの購入であった。もちろん、フロリダまで出かけて土地をみるという人はなく、すべて、不動産業者の店頭で売買されていた。ところが、ある新聞記者が、現地で実際に調査をおこなったところ、売買されている土地の大部分が、満潮時には海面下に没する土地であることを知って、記事にしたのであった。フロリダの別荘用土地の価格は一夜にして、暴落した。というよりはまったく価値がなくなってしまった。このとき、被害を受けた人の数は数百万人に上ったといわれている。しかし、この、フロリダの別荘用土地の事件は、土地の資産としての価値がゼロになってしまった程度の被害をもたらしたにすぎなかった。その数年後同じように投機的バブルの壊滅として起きたニューヨーク株式市場の大暴落が、たんなる資産の市場価値の低落に止まらず、経済の実体面に波及して、大恐慌、大不況の時代を招来したのに比べると、フロリダの被害は無視されてよいであろう。(pp.6-7)
日本で所謂〈原野商法〉が起こったのはこの数十年後のこと。