「健康な身体」(メモ)

承前*1

快楽の効用 嗜好品をめぐるあれこれ (ちくま新書)

快楽の効用 嗜好品をめぐるあれこれ (ちくま新書)

雑賀恵子『快楽の効用』から少し長めのメモ;


標準体重が示され、身体に必要な栄養素が分析され、疾病に罹患する可能性の割合やその他数字が呈示され、それに対してさまざまなサプリメントや健康関連商品が販売され、健康であるということはどういうことなのか、ということが提供される。そのために、わたしたちの身体は観察され、計測され、統計処理される。
すでに、わたしたちの身体そのものが、あるいは生そのものが、商品であると同時に、市場として設定された空間であるのだ。
見せかけとしては、さまざまな情報やアイテムが提供され、選択するのは自分であるのだから、自己決定が保証された自由な世界を生きているのであるように設えられている。
けれども、健全である、ということは、どういうことなのだろう。あるいは、自然な身体、とはなにものなのだろう。わたしたちの身体や振る舞いが観察され、統計化され、標準化されたものから、理念型として立ち現れてくるものと、ほかならぬこのわたし、の生とは、おそらく、かかわりのないものだ。わたしたちは、自分の生を生きるしかない。にもかかわらず、わたしたちが、なにかをしたい、と欲望するとき、その欲望は、ほんとうに自分の中から自発的に出て来ているのだろうか。
医学的制度や互助貯蓄や保険といった諸制度がどのように動いているかということを少し考えてみるだけでも、わたしたちの生命が、あらゆる数値的処理からはみ出し手に負えない固有のものではなく、加算的な総和として把握されていること、わたしたちは、なにを心配され、親切そうに偽装されているが余計な介入を受けているのか、ということがほのかに浮かびあがってくるだろう。
そして、わたしたちは(略)自分の身体を(労働力)商品としてさらけ出しながら、さまざまな生命の価値(品質)という網をかけられ、身体そのものが市場になっている世界を生きているのだ。これが、わたしたちの生きている自由な世界というものなのである。
それでは、わたしたちは、剥き出しのひ弱な身体をさらけ出した、自由の奴隷なのだろうか。
いや、断じてそうではない。そうであるとしても、そうではないのだ。
なるほど、わたしたちの身体は、市場となっているが、しかし、それは、外部からの観察であり、観察され把握されたものから抽出されたのが標準化された〈健康な身体〉なのであって、ではいったい、〈健康な身体〉がいいというのは、誰が決めたのだろうか。
繰りかえすが、〈健康な身体〉というモデル型があるとしても、それは、生きているわたしとは、異なる位相にある。
というのも、生きる、というのは、消尽に向かって消費し続けることだからだ。つまり、生きているわたしたちは、絶え間なく運動しているのであって、変化しているからである。
だから、完全に健康である身体というのはないだろうし、完全に正常である身体というのもまた、存在しないだろう。
わたしたちは、なるほどひ弱で、無力である、と外部からは観測される。しかし、外部からの観測というのは、定時の、定地点の、定点からの観測であって、それは、運動をある静止と捉えたものに過ぎない。
わたしたちの生というものは、この一瞬、この一瞬で、この地点で、この地点が集まったあらゆる場所で、微細に運動し、相互に干渉し、衝突し、変形して、すなわち、動き、変化しているものなのだ。無為に、無力に、みえようとも、だ。
だから、内側から観察すること――外側からの観察から導きだされた標準に自分を合わせていこうとするのではなく、いまの傾き歪つでありながらもでこぼこと動いている自分を認識すること。認識する、というのはまず、存在を肯定することから出発する。
理念型として示された〈健康な身体〉に向かって生きるのではなくて、とりあえず、まず、自分の身体を生きてみる。
その都度の、釣り合いをとりながら、自分の身体を生きてみる。(pp.240-242)
また、

(前略)生きるにあたり、もちろん、苦痛、不快、不都合や行動の制限、そればかりではなく、容貌の衰え、老いによる変化はできる限り避けたいのは、ほとんどのひとにとっては当然である。だから、やはり、〈健康な身体〉でありたい、と希求するのだ。
(略)しかし、外側から要求されているような、言い換えると有用性を軸に設定される〈健康な身体〉というのではなく、〈わたし〉のいまいるこの場所、この時において、〈わたし〉と他者――いくつもの〈あなた〉との関係において、すなわち、環境のなかで、巧く兼ね合いをとり、釣り合いをとりながら、ほどよく心地よさ、楽しさが持続できるという状態が、〈わたし〉にとって望ましい健康である、と思う。(p.244)
「健康」問題に関しては、取り敢えず北澤一利『「健康」の日本史』もマークしておく。
「健康」の日本史 (平凡社新書)

「健康」の日本史 (平凡社新書)

See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061204/1165208511