- 作者: 金井美恵子
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金井美恵子『目白雑録2』*1から。金井先生初めてWWEの試合を見に行くの巻(「大久保の桃、その他1」);
ここで言われている「クリント・イーストウッドの新作」とは『ミリオンダラー・ベイビー』*3のこと。
なにしろ生まれて初めて見るものなので、全体像は把握できないものの、ごく単純なストーリーのラインがあるらしく、カウボーイ・ハットを被って登場するジェリー・リュイスとトラボルタを混ぜたようなプロレスラーが卑怯でコミカルな悪役*2らしく、大巨人という巨大なレスラーとの対決を口先で言いくるめて逃れておきながら、もう一方の敵のグループと結託して、リング脇の鉄製の会談で大巨人をめった打ちにやっつけたと思っていると、いつの間にか『ミカド』や『マダム・バタフライ』の初演時の衣装のようなキモノを着た白塗りのヒロコを引きつれてケンゾーという日系レスラーが登場してラテン系のレスラーと派手に技(技の名称についても私は全て初耳)をかけあうというアホさは、いわばワイヤー・アクションもCG処理も使わない、肉体のみを使用するスラプスティック喜劇というか、『ハックルベリー・フィン』に登場するミシシッピー河のイカダ乗りたちおナンセンスなバラード風のホラ話合戦のようでもあり、アメリカの高級系ではないエンターテインメントの底の浅さの魅力にはあきれてしまった。香港映画『少林サッカー』のハチャメチャ振りを手放しで喜んで称揚する批評家たちがいるけれど、『少林サッカー』はWWEプロレスに比べると精神年齢がぐっと高くて十六歳くらいというのが、中途半端である。その意味で(と言って、何の意味もあるわけではないのだが)、まだ見ていないのにもかかわらず、クリント・イーストウッドの新作は、男根的ではなく睾丸的なアルドリッチの『カリフォルニア・ドールズ』に負けているはずである。(pp.111-112)
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(前略)この際、アニメというのはどうかと言うと、ヴェネチアの特別金獅子賞とやらを受賞した宮崎アニメというのが私は嫌いで、いやいや見はじめて最後まで見たためしがない。もともとアニメーションというものに興味がないのだが、あの宮崎アニメの絵とストーリーの下品さが、私の許容できる下品さと本質的に別のものなのだろう。相米慎二の映画の間抜けなくどさにも苛立ったし、北野武のバツの悪い間抜けなテンポにも苛立つし、それとは次元が異なるが、ヴィデオで初めて見た成瀬巳喜男の『桃中軒雲右衛門』と溝口健二の『名刀美女丸』にも期待が外れる。天才的芸人の常軌を逸した芸道物ならば、マキノ雅弘が藤山寛美で撮った春団治の方が面白いのは、浪花節と落語の違いもあるにしても、月形龍之介はマキノの殺陣師断平の方がずっと良く、雲右衛門を演っているのを見ると、ほとんど下手としかいいようがなく、『名刀美女丸』で剣術の指南の娘で、父親から一本とるほど筋の良い女剣士を演じる山田五十鈴の剣道着姿や仇討ちのチャンバラ場面も、これはやっぱりマキノに撮ってもらいたかったなあ、と思ってしまう。映画批評家ではないから、気楽にそう言っていられるというものである。(p.112)
*1:See http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100916/1284660360
*2:「ヒール」というルビ。
*3:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050702 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050705 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060207/1139336690 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060915/1158340807 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080616/1213579904 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100428/1272469021