内田樹*1「アンケートの続き」http://blog.tatsuru.com/2011/10/23_1031.php
これは「格差と若者の非活動性について」*2の続き。先ず続きの方から言及する、というか疑問を提起したい。
曰く、
たしかに戦後文化を語る上で「反米ナショナリズム」というモティーフを無視することはできないだろう。戦後、大衆的想像力において米国に対する敗戦の屈辱は「パンパン」を通して表象された。日本人(男性)にとって〈米国〉は何よりも(本来なら自分のものである)日本の女を誘惑し・犯し・堕落させる存在であり、また〈敗戦〉は自らの男性性の毀損だった(Cf. eg. 吉見俊哉『親米と反米』、p.107ff.)。「パンパン」或いは(戦後の日米関係の起源でもある)彼女たちが体現していた敗戦のトラウマを一種の〈黒歴史〉として封印してしまいたいという欲望は、取り敢えず国際法上の独立を達成した1950年代前半から存在していたといってよく、例えば松本清張『ゼロの焦点』*3はそのような封印への欲望が社会的に享有されていたことを背景とする物語だといえるだろう。また時代を遡って、幕末に〈黒船〉が来た段階で日本は米国によってレイプされてしまったという岸田秀的言説*4も(アカデミックな言説としてはナンセンスでありながらも)そのような戦後体験(の表象)に裏打ちされていることはたしかだろう。(生前朝鮮人であることが厳重に隠蔽されていた)力道山*5に対する大衆の眼差しにも米国への(演劇的)復讐、(米国に奪われてしまった)自らの男性性の(演劇的)恢復への期待があったといえるわけだし、そうしたモティーフは1970年代のローラー・ゲームにも引き継がれていた*6。他方、日本における左翼家元である日本共産党が毛沢東主義の影響を受けつつ、長らく日本の現状を反殖民地状態であると規定し、〈反米愛国〉というスローガンを掲げていたということもある*7。たしかに戦後日本の社会運動に「反米ナショナリズム」という要素は存在した。しかし、それだけに還元することはできないだろう。反基地闘争にも〈男性性喪失〉のレトリックが使われていたということはあるにしても、それだけでなく、〈自分の土地が奪われる!〉という(「反米」も「親米」もへったくりもない)具体的な脅威に対する農民の抵抗や普遍主義的な平和主義の追求としても遂行されていたわけだ。また、60年安保にしても(表面的には「反米」に見えるかも知れないが)実は日本人自身による東京裁判のやり直し、岸信介打倒運動の性格が強かったわけだ*8。ヴェトナム反戦運動においては、「ナショナリズム」との関係はさらに稀薄になる。運動を動機付けたのはヴェトナム人への同情であり、さらには日本人自身の〈加害者性〉の自覚だった。また、反戦運動を担った新左翼のスローガンは端的に〈日帝打倒!〉だった。
戦後日本で大きな社会運動が起きたのはすべて「反米ナショナリズム」の運動としてです。
外形的には「左翼」主導の運動でしたので、本質は見えにくいですが、そうなのです。
内灘闘争以来の反基地運動、60年70年の二次にわたる安保闘争、佐世保羽田に始まるベトナム反戦戦争などなど・・・巨大な動員をもたらした社会的な異議申し立ての運動はすべて本質的には反米闘争(すなわち「日本の主権回復闘争」)として行われました。
日本人が「社会正義」を要求して運動を起こすとき、それはつねに「反米ナショナリズム」とセットになっているというのが私たちがとりあえず戦後史から学ぶことのできる「パターン」の一つです。
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日本人は(それを「おしつけ」た)米国や自国の権力者に抗して日本国憲法を主体的に選び取ってきたとも言える(Cf. 雨宮昭一『占領と改革』)。改憲を党是とする自民党が一貫して政権を担ってきたにも拘わらず未だに改憲はされていない。それなのに、日本国憲法が「典拠」とならないのは持続低音としての「反米」故なのではないかとも思ってしまう。
それに対して、アメリカ国内では格差解消という主張がつよい訴求力を持つのは、それが「アメリカという国の建国理念」の確認にかかわるからです。
アメリカは理念の上につくられた国です。すべての人間は「造物主によって、生命、自由、幸福追求の権利を与えられている」という「自明の真理」を彼らは推論の基礎に置くことができます。
つまり、ウォール街でデモをしている若者たちの主張の本質的な正統性は、アメリカの独立宣言と、さらに言えば「神」によって保証されているのです(「権利」を実現する手続きについてはテクニカルな異論があるでしょうが)。
残念ながら、私たちの国の若者にはそのような思想的バックボーンがありません。
天上的な保証人がいない。日本国憲法でさえ、彼らはほとんど典拠にすることがありません(典拠にしたくても、それもまた「アメリカからおしつけられたもの」に他なりません)。
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*1:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050531 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050706 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060119/1137676496 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060120/1137745397 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060122/1137899122 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060128/1138470068 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060205/1139107434 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060206/1139201519 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060207/1139318386 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060209/1139504030 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060212/1139726021 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060227/1141064073 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060306/1141627016 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060306/1141675462 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060313/1142223339 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060416/1145158222 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061107/1162862295 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061130/1164899318 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061207/1165468536 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061207/1165500507 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070128/1169989586 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070130/1170131794 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070202/1170441629 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070204/1170611496 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070415/1176609189 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070415/1176614680 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070624/1182702293 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070701/1183262085 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070702/1183341499 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070704/1183564169 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070721/1185040301 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070811/1186807194 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080117/1200593641 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080219/1203440787 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080407/1207591421 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080411/1207900427 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080616/1213547154 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080904/1220538100 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090107/1231303330 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090108/1231386781 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090109/1231531269 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090111/1231697318 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090210/1234271618 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090322/1237741323 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090722/1248240487 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090914/1252945813 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090919/1253336095 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091128/1259384146 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091205/1260031366 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091213/1260686440 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100420/1271785873 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100816/1281992231 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100817/1282044428 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101106/1289051650 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101109/1289281535 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101113/1289668226 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101123/1290485341 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101124/1290623454 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101213/1292243637 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101220/1292861075 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110609/1307650973 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110814/1313322168 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110904/1315163207
*2:http://blog.tatsuru.com/2011/10/18_1255.php
*3:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091117/1258424994
*4:See http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20071012/1192195684
*5:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110609/1307650973
*6:See http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061030/1162207177 また、力道山については森達也『悪役レスラーは笑う』をマークしておく。See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070531/1180617700 悪役レスラーは笑う―「卑劣なジャップ」グレート東郷 (岩波新書 新赤版 (982))
*7:共産党及びそこから派生した党派の「反米」については、中国や朝鮮半島を含む東亜細亜全体という文脈において考える必要があるだろう。
*8:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110615/1308109789 だからこそ、岸信介退陣という取り敢えずの戦果が得られた後、急速に運動は萎んでしまった。
*9:See http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070618/1182095918 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070624/1182653188 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070711/1184122203