AFPの記事;
レーニン=スターリン主義国家、或いは独裁国家特有の問題というのはあるだろう。例えば、「マルクス・レーニン主義」の知的覇権のために、「西洋の哲学や哲学史はベトナムの学生たちにとって、いまだに全くなじみのない」ままだとか。しかし、「欧州言語をベトナム語に訳すことができる翻訳者が不足している」とか「知的なベトナム語を身につけたベトナム人も減っている」といった知的断絶の問題は、社会主義か否かを問わず、所謂第三世界の知識人がどこの国でも多かれ少なかれ直面している問題なのではあるまいか。また、この問題は日本人にとっても、同じ非西洋社会として、〈対岸の火事〉として笑っていられる問題ではないようにも思う。ヴェトナムに特有のこととしては、かつて難民などとして出国してしまった海外ヴェトナム人(及びその子孫)が故国とどのように関係を結び直すのかということが重要であるようにも思える。また、西洋の知的伝統を理解し・身に着けることが重要だということはいうまでもないのだが、その一方で仏教や儒学といった土着の(亜細亜社会としての)知的伝統がどのように継承されているのかということも興味がある。今では殆ど使われなくなった字喃*1のテクストのディジタル化に里帰りしたヴェトナム系米国人二世が取り組んでいるという話を、ヴェトナム料理屋に置いてあったヴェトナム政府の広報誌(中国語版)で読んだことがあるけれど。
社会主義国ベトナム 西洋哲学書の出版に立ちはだかる壁
2010年09月15日 12:53 発信地:ハノイ/ベトナム
【9月15日 AFP】社会主義国のベトナムで、欧米の哲学や政治思想、社会学に関する翻訳本の出版社は、常に検閲に気を配るなど、民主国家にはない苦悩を抱えている。
欧米の思想史や哲学書を翻訳・出版するTri Thuc社は3年前、19世紀の仏政治・思想家アレクシス・ド・トクビル(Alexis de Tocqueville)の著書『アメリカのデモクラシー(Democracy in America)』の出版を計画していた。だが、タイトルの「デモクラシー(民主主義)」という言葉を当局が嫌ったことから、タイトルを『米国民の統治』に変更して出版した。
さらに、これらの分野に長けた翻訳者や、思想・哲学書を読みこなす見識を持つ読者も不足しているという。
■哲学を学ぶことは国の発展に不可欠
長期化したベトナム戦争に加え、現代のベトナム教育システムの不備が、その要因だとTri Thuc社の編集責任者、チュー・ハオ(Chu Hao)さん(70)は説明する。「ここで学ぶことができる思想は、マルクス・レーニン主義に関するもののみだ。よって、西洋の哲学や哲学史はベトナムの学生たちにとって、いまだに全くなじみのないものなのだ」。その結果、現代ベトナム人からは、西洋古典思想に関する普遍的価値観が欠如しているという。
科学技術省の副大臣を務めた経験を持つハオさんは、「哲学に接することは自己の成長に不可欠な要素であり、その欠如は短長期的にも国の発展に悪影響をおよぼすだろう」と、ベトナムの将来を懸念する。
Tri Thuc社は4年前の創立以来、18世紀の仏思想家ジャンジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau)、同ボルテール(Voltaire)、19世紀の英哲学者ジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill)などの古典作品から、現代アメリカの言語学者ノーム・チョムスキー(Noam Chomsky)の著作まで、欧米の思想・哲学書100作品以上を翻訳、出版してきた。読者は学生や役人よりも研究者やビジネスマンが中心だという。
Tri Thuc社など、ベトナムの出版社は、多かれ少なかれ国家組織の影響下に置かれているが、欧米諸国の在ベトナム大使館から財政援助を受けることもあるという。
■翻訳者不足も深刻
Tri Thuc社が抱える問題は、党の検閲だけではない。欧州言語をベトナム語に訳すことができる翻訳者が不足しているのだ。
現在、ベトナム人口の半数以上が30歳以下の若い世代だが、哲学や思想書の翻訳を手がけるベトナム人は、フランス統治時代を経験した60歳以上の人びとだ。若者の間では、フランス語よりも世界で幅広く通用する英語が圧倒的に好まれている。
それだけでなく、知的なベトナム語を身につけたベトナム人も減っていると、ハオさんは嘆く。
■「異なる視点を受容できる」ことが重要
ベトナム政府の社会主義政策に抵触するイデオロギーを提示する自由主義や民主主義に関する著作の出版にあたっては、政府と出版社間に、超えてはいけない暗黙のルールが存在する。
社会主義に一部、市場経済を取り入れた「ドイモイ」(刷新)政策が1986年に導入されたとはいえ、出版物への検閲や政府の介入は今も続く。
翻訳本の出版に干渉してくる当局者に対し、ハオさんは、異なる見識を受容することの重要性を説き、政府の方針にそぐわない書物が、必ずしも反動主義というわけではないと、辛抱強く説得を続けている。(c)AFP/Aude Genet
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2755986/6183623
上の記事ではヴェトナム人哲学者Tran Duc Thaoが言及されていないよなと思いつつ、
http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070630/1183226214
http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070701/1183252934
http://d.hatena.ne.jp/elmikamino/20070613/1181753657
http://d.hatena.ne.jp/elmikamino/20070628/1183026570
http://d.hatena.ne.jp/elmikamino/20070728/1185631579
http://d.hatena.ne.jp/elmikamino/20070730/1185807462
http://d.hatena.ne.jp/elmikamino/20080702/1215008326
をマークしておく。
トクヴィルの『アメリカの民主政治』を今から読もうという人は多分岩波文庫の松本礼二訳を読むのだろう。私が読んだのは講談社学術文庫の井伊玄太郎訳であるが。一世代前の訳本を読んだということを意識するとき、同時に俺って古い人間だよなということも同時に意識してしまう。翻訳の世代交代がその書物の受容にどのような影響を与えるのか。これは大変ではあるが面白いテーマ。ところで、世代交代ということとはちょっと違うのだろうけど、私がウェーバーの『プロ倫』を読んだのは上下2冊になっていた梶山力・大塚久雄共訳の岩波文庫版だったが、何時の間にか岩波文庫の『プロ倫』が一巻本になっていて、しかも梶山力の名前が消され、大塚久雄単独の訳になっていたのを知って、吃驚したということがある。
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