何との一致か

7月29日に東京拘置所にて2人の死刑囚に対する死刑が執行された。民主党政権発足以来初、というか千葉景子氏が法務大臣に就任して以来初の死刑執行。そもそも死刑廃止論者だった千葉氏が死刑執行命令書にサインした、その「変節」を巡っては既に様々な批判がある。例えば、


http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/d276ed6284e200f8a71f498e6420ade8
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/97263fb853ab61cffe00e8e5ac839591


には、日本弁護士連合会、アムネスティ日本支部等々の批判声明が集められている。
6月に町村泰貴氏が千葉法務大臣を全面的に批判したとき、その中の「選択的夫婦別姓制度導入」問題に関しては、千葉氏に対する弁護を試みもした*1。ここでは弁護は試みない(というかする気になれない)。勿論死刑を執行しなくてもdisられ、執行したらしたでdisられるというダブル・バインド的状況に置かれていることに対しては同情を禁じ得ないが。また、千葉法務大臣に対する非難(それも定式的な非難)というのも既に出尽くしているのではないかと思い、それらに対して別段異議があるわけではないので、ここで非難を重ねるということはしない。ここでは、先ず仙谷由人*2千葉景子氏を庇うために行ったとされる発言に注目してみる;


仙谷由人官房長官は「千葉法相が法治主義の下で自らの職務を全うした。これ以上でも以下でもない」と述べたというが、こいつも確か弁護士で、しかも「東大全共闘」法対の一員だったはず。
政治家になりあがった連中の変節は、いつも 見苦しい。
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/97263fb853ab61cffe00e8e5ac839591
たしかに、千葉氏による署名という所作は「法治主義」において法務大臣としての「職務」をこなしただけだとは言える。まあ、アイヒマンも、また日本人を拉致した北朝鮮工作員も自らの「職務」を坦々と遂行したにすぎないとはいえるのだが。
今回の千葉氏による死刑命令書への署名ということを聞いて、(小泉純一郎はどう思ったか知らないが)感動しなかった! もしかしたら、千葉氏は将来の道徳の教科書に載る可能性もあったのに、これじゃただの馬鹿女として歴史的に記憶されるだけだよね。仙谷仙石の発言は、本人としては庇っているつもりなのだろうけど、却って彼女が道徳的自己責任を引き受ける能力のない馬鹿だという印象を植え付けてしまう酷い発言だと思った。死刑囚が殺されただけでなく、道徳的人格としての千葉氏もまた同時に殺されたというべきか。
上述したように、千葉氏は死刑を執行しなくてもしてもdisられるというダブル・バインド的な状況に置かれている。勿論彼女の内面においてどういう葛藤があったのかは誰も知り得ないのだが、一般的に考えて、こういう状況における選択というか葛藤は、(ハンナ・アレント的な用語を使えば)「自己との一致(agreement with oneself)」*3か法との一致かということだろう。勿論、どちらに転んでも、この場合、得をすることはない。どちらにしてもdisられるだけなのだが。しかし、そうであるにしても、その矛盾を真摯に悩み・生き抜けば、他者に感動を喚起することができる。もっと具体的に言えば、同じような状況に直面する後の人々に対して、〈良心のたじろぎ〉を誘発して、道徳や法の裂け目を露呈させることによってそれらを巡る根本的な思考をインスパイアする。また何よりも、道徳的判断というのは出来合いの規範や法に拠りかかるのではなく、「自己との一致」を目指しつつ自己責任的に行うのだということを、実例としてその可能性を示して、教えることになるだろう。千葉氏はそのような機会を逸してしまったということになるし、仙谷仙石は彼女からそのような可能性を剥奪してしまったということになる。
「自己との一致」という問題系については、取り敢えずアレントThe Life of the Mind第1部”Thinking”第III章”What Makes Us Think?”の中の”The two-in-one”、”Some Questions of Moral Philosophy”(1965-1966, reprinted in Responsibility and Judgment, pp.49-146)、亀喜信『ハンナ・アレント 伝えることの人間学』pp.143-152をマークしておく。また、山崎正和『社交する人間』における「倫理と良心の実在を証明するために人びとが世界に贈与する涙」についての考察(p.335)も参照されたい。
The Life of the Mind (Combined 2 Volumes in 1)

The Life of the Mind (Combined 2 Volumes in 1)

Responsibility and Judgment

Responsibility and Judgment

ハンナ・アレント―伝えることの人間学―

ハンナ・アレント―伝えることの人間学―

社交する人間―ホモ・ソシアビリス (中公文庫)

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See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050711 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070418/1176911089 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090804/1249374491