海パンにピアス

毎日新聞』の記事;


競泳:茶髪、ピアス、華美なネイルアート禁止…明文化へ

2009年10月21日 9時48分 更新:10月21日 12時59分

 日本水泳連盟は20日に開いた委員長会議で、競泳日本代表に茶髪、ピアス、華美なネイルアートを禁止する選手規範を明文化する方針を打ち出した。来月の日本水連評議員会に報告され、来年4月から施行する方針。

 8月に急逝した古橋広之進名誉会長(当時)は「競技力向上を目指すべき選手が華美に走るのはいかがなものか」と茶髪やピアスに不快感を示していた。日本水連は5月に代表選手に改めて指導したが、明文化は初めて。背景には相次ぐ大学スポーツの不祥事もあり、「5年以下の(選手)登録停止」などの処罰規定も設ける。

 泉正文専務理事は「米国やオーストラリアにも同様の規範がある」と説明。ただし「水泳選手はプールの塩素で毛髪が茶色くなる」として、運用には幅を持たせることになりそうだ。【飯山太郎】
http://mainichi.jp/select/today/news/20091021k0000e050006000c.html

以前「茶髪とピアス」は駄目というお達しをした秋田かなんかの大学があったな*1
ところで、「華美」という言葉がよくわからない。題名も主演の俳優も忘れてしまったが、子どもの頃に視たTVドラマで、〈貧乏学生〉が出てくるのがあって、彼が(たしか)山岳部に入りたいとかいうと、その親だったか兄だったかが山岳部は金がかかるから駄目! といい、水泳部に入れという。水泳部だったら海パン以外に金はかからない。それ以来、水泳部―ビンボーというイメージの連合ができあがってしまったのだ。プールと少年ということだったら、デヴィッド・ホックニーの意見を伺ってみるべきだろう。多分、彼は「茶髪とピアス」よりも海パンは駄目! というかも。NYTにデヴィッド・ホックニーの近況を伝える記事があったのだけど*2、まだ詳しくは読んでいない。
さて、「日本水泳連盟」の〈暴挙〉に絡んで、2002年の『週刊金曜日』に発表された古瀬幸広という人の文章*3が注目されているようだ。この文章、先ず「修験道」に失礼だとは思う。また、ここでいう「精神論」というのは前近代的なものではなく、まさしく近代的な態度である。近代的な心身二元論においては、〈身体〉それ自身が内なる自然、文明の中の野蛮とされ、理性的な意志によって統御されなければならないものとされてきた。この対立はジェンダーや人種などの差別においても変奏されており、〈近代〉を語る上での要諦ともいえるのだが、あまりに広範な問題であり、ここで詳論すること能わず。ただ、「武術」が近代において「科学的合理主義・教養主義」の側面と「精神主義」的側面を併せ持つ「武道」になったことについては、http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060226/1140927585で言及した。