哲学/中国(メモ)

残響の中国哲学―言語と政治

残響の中国哲学―言語と政治

最近読み始めた中島隆博『残響の中国哲学』「はじめに」からメモ;


ちょうど「近代」という概念がそうであったように、いったん哲学が登場するやいなや、「東洋」と表象された地域にあった学は、前哲学もしくは非哲学として定義された。「中国に哲学はない」と述べられたゆえんである。その上で、中国的な準哲学(思想とも呼ばれる)や中国における哲学(とくに論理学)が「発見」されていったわけだが、このように哲学を中国のなかに見出していく営為それ自体は実に哲学的であった。なぜなら、哲学は、内容におけるある種の知のあり方である以上に、哲学とその他者を区分けする方法的なパラダイムであったからだ。中国哲学は、そのパラダイムとしての哲学を誕生とともに身にまとい、実践することで成立した、哲学的な営為であった。そうであったからこそ、そもそものはじまりから、中国哲学には非対称的で矛盾に満ちた過剰さがつきまとっていた。それは、自らを〈哲学の他者〉として定義した上で、哲学的内容をそこに見出そうとする哲学的実践にほかならなかったからである。中国哲学は、哲学的であろうとすればするほど、哲学であってはならなかった。(p.i)。
問題――「中国哲学という過剰さによって、中国や哲学といった概念が問いに付されることなく、ある特定の仕方で温存されてしまったのではないか」「パラダイムとしての哲学の覇権的な力に忠実なあまりに、哲学が有しているもう一つ別の力、すなわち前提から疑い、自らの依って立つ基礎をも批判する力を見過ごしてはいないか」(p.ii)。

なるほど、パラダイムとしての哲学にいったん捉えられると、その外に出ることは決して容易ではないだろう。とりわけ、自らを〈哲学の他者〉として定義させられた者にとっては、一層困難であるはずだ。なぜなら、パラダイムとしての哲学を身にまとい、哲学的であることを実践する中国哲学にとって、〈哲学の他者〉としての中国は、もはやまったき他者ではなく、哲学と密かに通じ合った〈内なる他者〉になってしまっているからである。すなわち、中国哲学において、中国は哲学によって守られる他者に転じたのである。これは、自ら内向していくオリエンタリズムの構造そのものである。
この構造を打ち壊すのに必要なことは、それを保護する(もしくは無視する)哲学の視線から、中国を解放し、中国を批判可能な他者として尊重することである。そのためには、中国哲学において想定された哲学の内容(準哲学であれ純粋哲学であれ)を問い直すと同時に、中国哲学に取り憑いている〈哲学的なる意識〉を繰り返し疑わなければならない。したがって、中国哲学は近代哲学・現代哲学への批判とともに施行されなければならないし、逆に、近代哲学・現代哲学は中国哲学への批判を通じて問われるべきである。(ibid.)
哲学/中国という問題系に関しては、取り敢えずここで、


Robert E. Allinson “An Overview of the Chinese Mind” in Robert E. Allinson (ed.) Understanding the Chinese Mind: The Philosophical Roots, Oxford University Press, pp.1-25, 1989
John E. Smith “Interpreting across Boundaries” in Understanding the Chinese Mind: The Philosophical Roots, pp.26-47
LAO Sze-Kwang “On Understanding Chinese Philosophy: An Inquiry and a Proposal” in Understanding the Chinese Mind: The Philosophical Roots, pp.265-293


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Understanding the Chinese Mind: The Philosophical Roots

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