カスタマイゼーション?

過渡期の世界―近代社会成立の諸相

過渡期の世界―近代社会成立の諸相

鈴木信雄、川名登池田宏樹編『過渡期の世界 近代社会成立の諸相』から幾つか読む。
その中の、佐々木光俊「幕末技術の展開−−砲と艦をめぐって−−」(pp.87-113)。幕末の日本における軍事技術の革新の初段階を、1)「鎖国型技術」、2)「伝習型技術」、3)「留学型技術」に区分する。面白かったのは、「伝習型技術」の段階に属する「長崎造船所」(「飽ノ浦の工場」)についての記述。そこを視察した阿蘭陀公使ボルスブルクが元治元年に幕府に提出した改革案を参照して、造船所の様子について、


工場の出入りは自由であった模様で、さまざまな身分の者が入り交じっていて、職人の作業に支障がでるほどだった。職人たちはめいめいが自分のペースで作業しており、適当に休憩を入れたり、勝手に欠勤したりしている。工場の賃金が低いので工場の機械を使ってアルバイトもする。また仕事を覚えると工場をやめて自分で仕事を始める者もいる。(p.104)
と記述している。また曰く、「飽ノ浦の工場はオランダ人が想定したような、合理的管理者のもとで規律正しく作業に励むといった近代工場とは対照的な独立した職人たちのゆるやかな組織体(雑居状態)であったとみることができるだろう」(ibid.)。逆に言えば、日本の職人たちは近代工業という外来の新生事物を自分たちの身の丈に合わせて見事にカスタマイズしてしまったといえる。


鈴木信雄「江戸期の神道思想の諸相」(pp.3-30)
川名登「草莽の国学者・宮負定雄小伝」(pp.31-62)
市岡義章「大原幽学の共同体思想−−「先祖株組合」の倫理的基礎−−」(pp.63-86)


最初のテクストは、江戸時代における儒家神道から古学神道国学)へという神道思想の流れの概観と(特に平田篤胤以降の)国学の、農村の変容を背景とした、政治的・経済的含意について。川名論文は前者のケース・スタディともいえるテクストで、下総の国学者、宮負定雄のバイオグラフィを叙述する。最後のものは、大原幽学のコスモロジーについて詳しい。但し、大原幽学の思想的な基礎は国学ではなく朱子学であった。また、江戸時代の国学の政治的含意(及び近代への影響)を巡っては、Harry HaroutunianのThings Seen and Unseen: Discourse and Ideology in Tokugawa Nativismをマークしておく。ここでハルトゥニアン氏は、国学をnational learningではなくnativismと英訳している。

Things Seen and Unseen: Discourse and Ideology in Tokugawa Nativism

Things Seen and Unseen: Discourse and Ideology in Tokugawa Nativism

さて、『苦悩する先進国の生涯学習*1の中の、赤尾勝己「生涯学習社会アメリカの苦悩」(pp.85-115)。ここで紹介されているのは、先ず「学力低下」が社会問題化する中で、(有名どころでいえば、アラン・ブルームのような)知的・文化的保守主義言説が活性化する1980年代米国の状況。やはりこの時期の米国というのは最近の日本を考える上で他山の石となるべきものだろう。ところで、diploma mill(このテクストでは「学歴産業」と訳されている[p.112])は米国だけでなく世界的な問題になっているといっていいだろう*2。ここでは、その起源が1970年代以来の米国の教育改革の中にあることが示されている。「経験学習(expeiential learning)」というもの。第二次大戦後の1945年に「アメリカ教育協議会(American Council on Education=ACE)」が「軍隊経験を有する成人に対して、軍隊で承けた教育・訓練コースのうち、大学教育レベルに相当するものに評価のうえ、単位認定すること」が始められている(pp.103-105)。さらに、1974年には軍隊のみならず、「広く企業や官庁などでの研修に対しても、その内容が大学教育レベルに相当するものであるか評価し単位認定することとなった」(p.105)。これは「経験学習」とは区別されて、「以前の学習への単位」と呼ばれているが、「経験学習」はそれがさらに〈生活〉一般にまで拡大されたものといえるだろう。


(前略)「経験学習」は、ある人の生活経験や職業経験が、大学レベルの教育に相応しいかどうか専門の評価スタッフによる審査の上、各大学で単位が認定されるというシステムである。例えば、ある女性が結婚して子どもを育てたので「育児学」の単位を認定されたり、ある男性が市場調査会社に一〇年間勤務したので、「マーケティング」の単位を認定されたりする。日本の大学の常識からすればかなりきわどいシステムであるが、「成人および経験学習協議会」(Council for Adult and Experiential Learning: CAEL)と提携している全国の大学で導入されている。(後略)(ibid.)
diploma millはこれを悪用していることになる(p.112)。
苦悩する先進国の生涯学習

苦悩する先進国の生涯学習

園田茂人『不平等国家 中国』を取り敢えず読了。

不平等国家 中国―自己否定した社会主義のゆくえ (中公新書)

不平等国家 中国―自己否定した社会主義のゆくえ (中公新書)