『ペンと剣』

ペンと剣 (ちくま学芸文庫)

ペンと剣 (ちくま学芸文庫)

エドワード・サイード/デーヴィッド・バーサミアン『ペンと剣』(ちくま学芸文庫、2005)はかなり前に読了した。

謝辞 デーヴィッド・バーサミアン
序文 イクバール・アフマド


第1章 パレスチナ人の祖国追放をめぐる政治と文化
第2章 オリエンタリズム再訪
第3章 ペンと剣−−文化と帝国主義
第4章 イスラエルとPLOの合意――批判的評価
第5章 パレスチナ――歴史への裏切り


訳注
エドワード・W・サイード略歴
訳者あとがき
索引

原書は1994年刊行。デーヴィッド・バーサミアンによる1980年代後半から1990年代前半にかけてのサイードへのインタヴューを収める。「パレスチナ人の祖国追放をめぐる政治と文化」は1987年、「オリエンタリズム再訪」は1991年、「ペンと剣」、「イスラエルとPLOの合意」は1993年、「パレスチナ――歴史への裏切り」は1994年。
取り敢えず、幾つかメモしておく。
第1章で、のっけからサイードが「パレスチナ問題というと、「パレスチナというものは、本当に存在するのか」という問いに還元されがちです」、「残念ながら、当のパレスチナ人でさえ、この名称を口にするたび、何やら脅迫めいた挑戦的なことを言ったような気がして、軽い動揺を覚えることがあります」(p.36)と語るのを読むのはかなりショックである*1パレスティナ人は差別され・抑圧されているという以前に、その存在が否認されていた。このことは銘記しておくべきだろう。
さて、後半ではイスラエルPLOの「暫定自治」のための「合意」を巡る話が中心になっている。サイードの評価は徹底的にネガティヴである。例えば、「PLOイスラエルの法執行機関になり下がったのです」(第4章、pp.176-177)。或いは、(アラファトの)「ただひとつの関心事は、パレスチナ人の境遇を改善することではなく――実は悪化しています――自らの権力の座を維持することです」(第5章、p.204)。サイードの毒舌が炸裂している箇所を1つ挙げると、

アラファトは、トップリーダーたちのことはおろか、欧米というもの自体を全く理解しておらず、欧米で暮らした経験もありません。和平合意に署名したマフムード・アッバースは英語さえできません。アラファトにしても、きちんとした英語の読み書きはできないのです。でも、僕が特に問題だと思うのは顧問たちのことです。彼らの多くはアメリカで教育を受けていますが、思想的にはアラファトやその側近たちと同じようにぐらついた状態にとどまっているのです。ここに本当の悲劇があります。アメリカで教育を受けたパレスチナ知識人たちが、その知識を用いて意識改革を促し、アメリカ合衆国というものを、私的な縁故がものをいう個人の集合体としてではなく、ひとつの巨大なシステムとして認識するようになって初めて、少なくとも対等な立場で渡り合うことができるようになるのですが、そうさせる努力を知識人たちが怠っているのです。(第4章、pp.167-168)
ただ、米国について、「合衆国以外の世界についての無関心」、「地理的な世界認識の欠如」を指摘して、

アメリカが、一九世紀のイギリスやフランスなどの古典的帝国と異なっている点のひとつは、後者には地理的に連続しているという感覚があったということです。フランスは北アフリカに近接しているという感覚がありました。イングランドと東方の帝国は、スエズ運河ペルシャ湾を通じてつながっていました。植民地支配機構というものが成立していました。
アメリカには、そんなものはありません。その代わり抽象的な領域の専門家、社会科学の技術屋がいます。こういう人たちはコンピュータを駆使して数値を操作することは得意なんですが、地理的な知識は恐ろしく希薄です。ある意味で合衆国はとても隔離された国で、田舎じみたところが多々あります。(第3章、p.117)
と述べているのを読むと、サイードは〈田舎者〉が嫌いなんだなと思ってしまう。
ところで、興味深かったのは、「イスラエル市民」としてのパレスティナ人に、サイードがポジティヴな印象を抱いているということ。曰く、「イスラエルパレスチナ人は、自分の国にいるように振る舞い、発言していると感じました」、「彼らは、そこに属しているから、そこにいるのです」(第3章、p.139)。
あと、サイードパレスティナというトポスの特権性について興味深いことを述べているのだが(第2章、pp.89-90)、これについてはまた後日。その少し前で、パブロ・ネルーダの「わたしの体を貫いて、自由と海が、経帷子に包まれた心に応えて呼びかける」という詩句について、

これは、すばらしい一節です。ここにある考えは、人間は閉じた容れ物ではなく、異物が中を通り抜けていく楽器なのだということです。人間は旅人であり、景色や音や他人の身体や考えを自分自身に刻印することによって、自分以外のものになることができる。海のようにたくさんのものを受け入れることができ、それによって人間存在に深く食い込んでいる経帷子をほどき、柵を取り払い、ドアを開き、壁を取り払うことができる。(略)(p.89)
と語られている一節は是非とも引用しておきたい。
ところで、インタヴュアーのバーサミアンは、「わたしがエドワード・サイードに抱く親近感は、おそらく自分自身の生い立ちにおいても、祖国追放(exile)というテーマが非常に大きな位置を占めていることによると思います」(p.8)と述べている。彼はアルメニア系であり、彼の両親は第一次世界大戦中のアルメニア人虐殺のサヴァイヴァーであった。

*1:第2章でも、「パレスチナ人などはじめから存在しないし、パレスチナ闘争も存在しないという、真っ赤な嘘をつく人々」(p.61)に言及されている。