臓器・セックス・ネーション

佐倉智美さんが


「………で!
 ふと連想してんけど、この臓器売買をめぐるイシューは、
 なんと、いわゆる『性の商品化』のモンダイと、
 じつにパラレルなテーマになってんのとちゃうやろか!?」
「なるほど! ソレもたしかに、
 おカネで売買してイイとは言い難いけど、
 善意のみによる提供には限界があって、
 で、実際におカネが絡む場では種々の犯罪性が介在して、
 暴力団の資金源になっていたり…………。
 同じや!(・・;)」
「そして、そういうふうに考えていくと、
 じつは【結婚】というのは“善意による性の提供”を
 高度にシステム化した社会制度※だと言えるのでは!?
 と思えてくるわけヤ(^_^;)」
「うぅーん、深いなぁ!」
http://tomorine3908.cocolog-nifty.com/blooming/2006/10/post_32df.html
と記している。さらに、

「逆に言えぱ、臓器移植においても、
 【結婚】におけるロマンティックラブイデオロギー
 のような仕掛けを上手く張りめぐらせば、
 善意のみによる臓器提供者が増えるかも!?」
とも。興味深い。たしかに、「生体臓器移植」の場合は、人々の間の〈親密性〉を擽るという戦術は有効かも知れない。しかし、既に出口顯氏
臓器は「商品」か―移植される心 (講談社現代新書)

臓器は「商品」か―移植される心 (講談社現代新書)

が述べていることだと思うが、特に死体からの臓器移植を巡って召喚される可能性が高いのは想像の共同体としてのネーション(国民)だと思う。既に英国などはそのようになっているらしいが、移植のための臓器不足を解消するために、将来的には生前に拒否の意志表明をしない限り、死後臓器移植のドナーとなりうるというふうになるかも知れない。これはどういうことを意味するか。死体(臓器)の国有化である。自分自身の身体の所有権は自分が死亡した時点でお終い。後は国家に帰属する。国有化した臓器を国家は必要に応じて再分配するということになる。臓器を受け取る側にとっては、その臓器は匿名の物ではあるが確実に自らも属する国民同胞の臓器ということになる。臓器を受け取ることで想像の共同体としてのネーションが実感されるというわけだ。さらに、死後臓器移植なんかしたくないという人に対しては、同じ国民を見殺しにするつもりか、非国民め!という非難によるプレッシャーがかけられることも予想されよう。名前も顔も互いに知らない社会に適用される「【結婚】におけるロマンティックラブイデオロギーのような仕掛け」としてはナショナリズムが挙げられるのではないか。ただ、他方でこれは想像の共同体としてのネーションの限界を指し示すのかも知れない。免疫メカニズムは国民同胞とか外国人とかを区別せずに、〈非自己〉に対して反応するだろうから。
ところで、人工授精のための精子卵子の提供って、もし精子バンクのように金銭が介在する場合、売春に中たるんじゃないかと思って、生命倫理に詳しい方にお尋ねしたけれど、否定的な答えを得たことがあった。こういうことを思い出したのは、http://d.hatena.ne.jp/zoot32/20060925#p1を読んだため。