臓器移植法案(メモ)

取り敢えず、『毎日』の記事;


臓器移植法改正:15歳未満も臓器提供…A案、衆院で可決

2009年6月18日 13時31分 更新:6月19日 0時25分

 衆院本会議は18日、臓器移植法改正4法案を採決し、脳死を一般的な人の死と認め、臓器提供の年齢制限を撤廃し、小児の提供に道を開くA案に430人が投票し、賛成263人、反対167人で可決した。現行法施行から11年半で脳死移植数が81例にとどまる中、臓器提供の機会を拡大すべきだとの意見が上回った。ただ参院側では新案提出の動きが出るなど、A案がそのまま可決される保証はない。衆院解散時期も絡むだけに、今国会で成立するかどうかなお不透明だ。
 ◇今国会成立は不透明

 死生観が問われるとあって、各党は党議拘束を外し、法案への賛否を各議員に委ねた。共産党は棄権した。

 今回の最大の焦点は、現行法が認めない、脳死した15歳未満の子どもからの臓器摘出を可能とするか否かだった。今の日本では、小児が自分の体のサイズにあう臓器の移植を受けるには、海外に渡るしかない。

 世界保健機関(WHO)は自国内での臓器移植拡大を求める指針決定に動き出しており、将来、渡航移植の道が狭められる可能性が高い。このため、4法案のうち15歳未満からの臓器摘出を認めるA、D両案が有力とみられていた。

 06年3月に提出されたA案は、脳死を一般的な人の死と定義し、本人が生前に拒否していなければ、年齢に関係なく家族の同意で臓器摘出が可能。一方、A案に批判的な議員が今年5月に提出したD案は、現行法通り臓器提供の意思を示していた人に限り脳死を人の死と認める。

 D案に対しA案支持者は、「移植が増えず、子どもの移植拡大にもつながらない」と批判的で、最終的に「成人・小児に限らず救える命を増やすための措置が必要」との声に支持が集まった。

 ただ、「脳死を人の死」とすることが医療一般に広がる懸念も指摘されている。5日の衆院厚生労働委員会でA案支持の冨岡勉氏(自民)は「臓器移植以外の場面で人の死を定めるものではない」と述べたが、同じA案支持の福島豊氏(公明)は「疑義を生むのであれば修正も当然あると思う」と発言し、足並みの乱れを見せた。

 A案については、本人意思が不明でも家族の同意があれば臓器摘出を認める点にも疑問が示されている。【鈴木直】
 ◇解説…国民的合意へ議論を

 脳死を人の死とする臓器移植法改正案のA案が可決され、衆院を通過した。A案は4案の中で明確に脳死移植を増やすことを目的にし、15歳未満からの臓器提供を可能にするものだ。海外での移植に頼ってきた子どもの国内での移植に道を開く意義は大きいが、克服すべき課題も多い。

 毎日新聞が今月行った世論調査では、15歳未満の臓器提供については、親の承諾を条件に「賛成」と答えた人が57%に上った。しかし、小児科医の間からは子どもの脳死判定の難しさや、虐待児の見極めがどこまで可能かなどの課題が指摘されている。

 また、脳死を一般的な人の死とすることについては、毎日新聞世論調査でも現行法通り「臓器提供の意思を示している人に限るべきだ」が52%と過半数を占め、脳死は「人の死と認めるべきだ」は28%にとどまった。脳死を人の死とすることについて国民的な合意が得られていると言えず、今後、参院での審議などを通じてさらに幅広い議論が求められる。【関東晋慈】
http://mainichi.jp/select/today/news/20090618k0000e010066000c.html

また、

臓器移植法改正案、参院有志が対案提出
臓器移植法

 参院の民主、社民両党などの有志議員は23日午前、衆院を通過した臓器移植法改正案(A案)の対案として、15歳未満の脳死判定基準や臓器提供の可否を「子ども脳死臨時調査会」で検討することを柱とした独自法案を参院に提出した。


 提出者の千葉景子参院議員(民主)は記者会見で、「改正案とは違う立場、観点からの法案を提出し、参院で慎重に審議する必要がある」と語った。
(2009年6月23日10時57分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20090623-OYT1T00383.htm

衆議院の採決では、共産党を除いて、党議拘束が外されていたわけだが、各党派の各議院議員の動向については、『読売』のhttp://www.yomiuri.co.jp/feature/20090619-321924/news/20090618-OYT1T00848.htm。AからDまでの4案の差異については、『毎日』のhttp://mainichi.jp/photo/archive/news/2009/06/16/20090616k0000m010145000c.html
http://d.hatena.ne.jp/sivad/20090623/p1は、今回の議論では「脳死」の定義、「機能死」か「器質死」がネグレクトされていると指摘している*1。「脳死」の定義を巡る論点の整理としては、立花隆の「脳死三部作」は有効? 勿論、死というのは連続的過程であり*2、その何処に線を引くにしても、それは科学的な判断を飛び越えて、倫理的判断或いは政治的判断ということになる。
脳死 (中公文庫)

脳死 (中公文庫)

脳死再論 (中公文庫)

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脳死臨調批判 (中公文庫)

脳死臨調批判 (中公文庫)

*1:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061119/1163959707 http://d.hatena.ne.jp/demian/20061119/p1

*2:というか、寺山修司に言わせれば、私たちの誕生自体が不完全な死体の誕生である。