「火を使わない焚書」

t-hirosakaさん*1が、「教育基本法改正促進委員会」(氏によれば、「日本愚民化促進委員会」)による〈私案〉を検討する中で、「生涯教育」について記したその「第四条」について、


現行法の社会教育について定めた第7条との最も大きな違いは、図書館、博物館、公民館などのいわゆる社会教育施設についてばっさりカットされていることであろう。

折しも、国立国会図書館の独立法人化が取り沙汰されているという。国立国会図書館と言えば、けっして単なる国会の図書室なんかではない。全国の公立図書館の総本山であり、国立中央図書館ともいうべき施設である。その本来の使命は一国の文化のアカシック・レコードたるべく、可能なかぎりすべての書籍を収集・保存・記録し、利用者の閲覧に供することである。

この崇高なる使命を負った図書館ですら独立法人化、つまりは民営化されるかもしれないということは、ふだん利用している自治体の図書館・図書室も管理運営が民間委託されるかもしれない、という不安はけっして杞憂ではないということだ。

教師でもなければ、子どももいない私がこの教育基本法改悪に危機感をおぼえるもっとも身近で実利的な理由がこれである。公共図書館が民営化されたらどうなるか、いまより便利なる?お笑いぐさだ。登録・利用の有料化、利用者資格の制限、そして何よりも蔵書の貧困化が予想される。悪循環はめぐりめぐって日本の出版文化の衰退を招くだろう。

これは火を使わない焚書である。本好きにとっては悪夢のような社会が教育基本法改悪によって生み出される不安がある。

と記している。「国立国会図書館の独立法人化」については、http://www.soumu.go.jp/iken/gyokaku/itaku.htmlに詳しいそうだ。たしか、あらゆる新刊書籍は国会図書館への献本義務があると思うが、それも国権の根幹である立法のための討論の基盤、さらには「一国の文化のアカシック・レコード」としての公共性によって正当化されているわけであろう。「民間委託」された「国会図書館」には新刊を献本する義理などはなくなるわけだ。また、今でも「公共図書館」では、悪しきポピュリズム、リクエストの多いベスト・セラー本ばかりを大量に購入するということが問題化されているが、「民間委託」されたら、これも大っぴらに正当化されることになる。博物館や美術館、或いはコンサート・ホールのような公共の文化施設は、既に「独立法人化」されたり、市場原理が導入されたりしているが、これによって展示や企画の質がどう変化したのかは検証に値するだろう。私見では、つまらなくなったという印象。
そういえば、もう何年も前、CBS60 Minutesに、米国のある現代美術のコレクターである夫婦が登場していた。別に金持ちでもなんでもない彼らは、クリストを初めとする名だたるアーティストたちとの個人的友情から多くの作品をプレゼントされたという。自分たちが死んだら、コレクションは全てワシントンのナショナル・ギャラリーに寄贈するという。何故なら、そうすることによって、自分たちのコレクションに万人が無料で接することができるから。唐突にこの話を思い出したのだが、「日本愚民化促進委員会」は、このようなアートへの愛も公共性へのパッションも育み難いだろうなとは思う。
まあ、〈国家〉の立場に立ってみたら、日本という国家のブランド力は確実に下がります。