誰を恨むべきなのか

朝日新聞』の記事なり;


松本被告の次男の入学拒否 埼玉の私立中

2006年03月02日20時13分

 オウム真理教元代表松本智津夫麻原彰晃)被告(51)=一審死刑、控訴中=の次男が私立中学を受験して合格したが、学校側が入学を拒否していたことが2日分かった。

 入学を拒否したのは埼玉県春日部市春日部共栄中学校。次男の代理人の弁護士によると、合格発表は1月18日。入学金を支払った後の2月7日、学校側から電話で「松本被告の息子とわかったため、入学を辞退してほしい」と言われたという。

 学校側は2月11日、代理人の弁護士に対し、学校敷地内への次男の立ち入りを禁ずると通告。その後、「2月19日の入学説明会に来なかったから形式的にも入学資格がない。入学金などを返還するため振込先の口座を教えてほしい」と内容証明郵便を送ってきたという。次男の代理人は「仮処分申請や提訴を含めて対応を検討したい」としている。

 松本被告の三女も03年と04年、合格した複数の大学に入学を拒まれた。このうち和光大について、東京地裁は今年2月、「不許可は違法」として損害賠償を命じる判決を出した。三女は別の私立大にも入学を拒否され、学生としての地位保全を求める仮処分を申請。東京地裁がこれを認め、現在はこの大学に通っている。

 〈春日部共栄中の矢口秀樹校長の話〉 中学生は互いに影響しあいながら勉強することが大事。保護者も安心して通わせることを求めている。教団の影響下にないとは言い切れない生徒を入学させれば大きな支障が出る恐れがある。本人に罪はないが、現在の教育環境を守りたい。
http://www.asahi.com/national/update/0302/TKY200603020305.html

先ず疑問なのは、こんなこと、入学願書を出した段階で分かっていたんじゃないの? ということ。また、一旦組織的に決定された〈合格判定〉が覆ったわけだから、やはり〈判定〉に関わった人間の責任というのは(少なくとも組織内の問題として)問われて然るべきなのではないか。ここでコメントを寄せている校長先生だって、〈合格判定〉を組織の教学上のトップとして承認したわけでしょ? また、どのようにして覆ったのかというプロセスも興味深い。
勿論、私立の学校である以上、どのような人を合格させて、どのような人を不合格にするのかというのは、自由だろう。極論すれば、金を余計に払ったから合格させたというのもアリだと思う。問題はそれをこそこそとやっていることだ。ただ、それに対して、〈不正義〉を訴えている人がいる以上、少なくとも説明責任は果たさなければいけないんじゃないだろうか。そうでなければ、麻原やオウム教団が一連の事件について説明責任でさえ果たしていないことと同様の批判を甘受せざるをえないだろう。
校長のコメントだが、「中学生は互いに影響しあいながら勉強することが大事」とその後が論理的に繋がっていませんね。それはともかく、ここでの鍵言葉は「保護者」と「安心」ということになるか。「安心」については、kechackさんいうところの「差別は数学」問題*1とも関係があるわけだが、受験生が集まらなければ学校はやっていけなくなるのだから、リスクは背負いたくないということですか。問題は「保護者」なのだが、日本語の特性によって、これが単数形なのか複数形なのか、それとも集合名詞なのかは定かではない。その「保護者」というのも、(政治家のいう〈国民〉のように)校長がたんに口実として口にしたものなのか、それとも実際に何らかの働きかけをしたのか、全然わからない。もし後者だったら、顔を出して、弁明するなり、校長や学校を擁護するなりすべきだろう。自らの振る舞いが一因となって、一方では〈不正義〉を被ったと主張する人がいて、他方では学校にしても、社会的な批判を浴びたり、訴えられたりする可能性も出てきたからだ。
麻原の次男、今年中学受験ということは、地下鉄サリン事件などのときには殆ど物心がついていなかったということだ。言ってしまえば、戦争中に赤ん坊だった日本人が突然胸ぐらを掴まれて、〈戦争責任〉を取らされるようなものだ*2。いったい誰を恨めばいいのか。愚かな父親か*3。それとも、自らを差別する世間の者どもか。どちらもだろう。この子どもが父親や世間に報復する権利というのは当然ながら認めなければならないだろう。私たちができることといえば、その復讐心が危険な仕方で暴発しないようにと神仏に祈ることくらいだ。
そういえば、出自による差別というのは、所謂〈社会主義社会〉の通弊ではあった。そこでは、ブルジョワや〈人民の敵〉や反党分子の息子/娘というだけで、差別され、進学できなかったりとか、さらには幽閉されたり、挙げ句の果てには殺されたりというのは決して珍しい話ではなかった。
記事を読む限り、学校側の振る舞いというのは高圧的。金を使って円く収めるという古来の美徳は廃れてしまったのだろうか。

*1:http://d.hatena.ne.jp/kechack/20060224/p1 http://d.hatena.ne.jp/kechack/20060220/p2

*2:勿論、戦後に生まれた日本人であっても、菊の御紋のパスポートを持つ以上、応答可能性という意味での責任は有していることはいうまでもない。

*3:父親はすぐに逮捕されてしまって、その後全く娑婆に出るチャンスはないわけだから、殆ど父親には会ったことがないことになる。尤も、会えたとしても、現在父親にまともなコミュニケーション能力はないわけだが。