永井俊哉/ジェンダー/廣松渉

 廣松渉についての情報を求めて、ネットを彷徨っていたら、偶々、


  永井俊哉
  「認識するとはどういうことか」
  http://www.nagaitosiya.com/a/epistemology.html


というテクストを見つけた。「哲学史上の論争をジェンダー論の観点から振り返り、システム論的な止揚を試みる」というものである。先ず、


デカルト以来の近代の意識哲学は、イデアールとレアールの関係を主観と客観の関係に対応させた。一見対立関係にあるように見える唯物論実在論も唯心論的観念論も、物心二元論を質料と形相の二元論へと重ね合わせたという点で、同じ地平の内部に留まっている。即ち、両者は、形相が主観の独占物であるという大前提を共有しており、実体が形相か質料かという小前提の違いから、違った結論を出しているだけなのである。
ということなどは、基本事項として常に銘記しておくべきだろう。
 さて、廣松渉であるが、永井氏によって、

廣松は、《我》の独我論を否定したものの、《我々》の独我論に陥ってしまったのではないのかというのが私の感想である。廣松哲学においても、意味の規定は主観によってなされる。不確定性が、間主観性を形成するのではなくて、逆に共同主観性によって止揚されるという点で、廣松哲学は近代哲学の一種と判断できる。実際、廣松渉には、女性蔑視の傾向があった。廣松にとって、自然も女も、対等に対話できる相手ではなかったのだろうか。廣松が古いのは文体だけではない。
と批判されている。しかし、具体的な議論はなされず、議論は次の「認識論へのシステム論的アプローチ」に移ってしまう。ところで、「ジェンダー論の観点」であるが、

歴史的に見て、人間と自然、男と女の関係は、認識論のあり方を規定してきた。前文明的な母権社会での人類は、アニミスティックな宇宙観を持ち、自然を崇拝していた。人間は自然に埋没し、形相も質料に埋没していて、両者の差異が対自化されることはなかった。前近代的な父権社会での人類は、《自然=女性=偶像》の崇拝を止めて、不可視の理性的な男性神を崇拝し始めた。いわゆる枢軸時代に、質料から形相を切り離して、形相を実体として崇拝する哲学と宗教が世界的に誕生した。近代になると、人間は形相を実体として崇拝するのではなくて、主観自らが実体となって、形相を独占し、質料を支配するようになる。人間が、神のように自然を支配しようとするようになったのも、男による女の支配が頂点に達したのもこの時代である。
ということである。因みに、このパッセージは廣松渉が批判されている箇所の直前にある。吃驚!というか、言葉を接げません。ひとつだけ、疑問を呈しておけば、ここに見られるような〈本質主義〉と永井氏が掲げる「システム論」というのは両立可能なのだろうか。このことと関連するかどうかわからないが、「システム」を「主体」とするということはどうなのだろうか。「廣松は、《我》の独我論を否定したものの、《我々》の独我論に陥ってしまった」というのは永井氏にそのまま返ってくるのではないだろうか。〈システムの独我論〉として。ただ、

物は、意識システムのように、情報を認識する能力はないが、情報を表現している他者である。だが、認識とは、表現された情報を受動的に受け入れるだけの営みではない。認識は、観念論者が想定するような純粋な能動でも、実在論者が想定するような純粋な受動でもない。
ということは納得。