「ゲーム脳」?

 「ゲーム脳」なる〈理論〉がもて囃されているのは知っていた。〈社会の心理学化〉(というよりも〈社会の生理学化〉か)の一症例ねと思った。しかし、誰かがお金をくれるならともかく、限りある知的注意力をそんなものに振り向ける気にもなれず、件の本も買わず、関連した情報を積極的に集めるということもしていなかった。
 偶々、「ゲイムマン」氏による斎藤環氏へのインタヴュー*1を読んだ。斎藤氏は(管見の限りでは)ラカン派の精神分析学者で、脳波の専門家ではない。しかし、臨床医として脳波の測定は日常的な業務としてこなしているということだろうか。我々のような素人ではないにしても、〈脳波〉に関しては研究者というよりも研究のユーザーという立場にあるといってよい。それはあ(失礼な表現を使ってしまうが)その程度の〈専門家〉に軽く論破されてしまう代物なのだ。斎藤氏曰く、


このかた(森昭雄氏)は多分、脳波をちゃんととったことがないかたなんですよ。脳波という存在は知ってるけれども、測定をきちんとやったことがないんです、おそらく。
 また、これもよくありがちな話だが、背後に商売が絡んでいるらしい*2
 「ゲーム脳」が自然科学のレヴェルではトンデモであることは明らかだろう。とすると、これは社会学の問題に移行することになる。

子供がゲームに熱中することを快く思わない層には、すごくアピールするでしょう。単に「権威のある専門家が、ゲームをやると脳がおかしくなると言っている」という文脈だけで、それ以上誰も細かく読んでないというのが実状だと思います。だから、いかに人が、本をちゃんと読まないかってことの証明ですよね。

マスコミのみならず、文化人、知識人と呼ばれている人が、いかに理系の殺し文句に弱いかということがよくわかりました。誰も中身を理解なんかしてませんからね。ただ単に理系っぽい文章で、専門的な言葉で、「ゲームをやりすぎると脳がおかしくなりますよ」と書いてあるだけのことでしょう?
 斎藤氏のいう「マスコミのみならず、文化人、知識人と呼ばれている人が、いかに理系の殺し文句に弱いか」というのは、私がhttp://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060114/1137205330で、

 「ニセ科学」の横行の前提としては、社会における「科学」の全能性への幻想に近い信頼があると推測できる。これは科学的知識とは別物である。「科学」を知らなくても、「科学」は凄い!という思い込みがあるからこそ、「科学」を掲げた「ニセ科学」に騙されてしまう。
と書いたことと関係している。しかし、これは些か一般的な水準の話である。事実、この「医学博士」にして日本大学教授の方は、各地で学校やら商工会議所の講演に引っ張りだこらしい。ということは、「ゲーム脳」理論は、そういったものをオーガナイズする連中やお客さんの利害=関心と関係があるということである。そういった具体的な(主観的でもあり、政治的でも経済的でもあるような)利害=関心の方が知りたい。さらに短く言えば、どんな人がファンなの?
 ところで、http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060106/1136569756では、親に鉛筆やノートを買ってもらえない小学生の話が出てきた。そういう親は「ゲーム脳」のファンではないような気がする*3。寧ろそういう親とは対極的な、〈勝ち組〉意識があって、自らの〈勝ち組〉としてのポジションを子どもにも相続させたがっているような親が「ゲーム脳」のファンになるのではないかと根拠もなく推測する*4。子どもに鉛筆を買ってやらない親に見て取れるのは、現実の貧しさ以上に、世代間社会移動への期待の喪失、次世代に文化資本を遺贈しようという意志の喪失だろう。こうした親に育てられる子どもと「ゲーム脳」ファンに育てられる子どもとどっちが幸福なのかということは問うてもいいんじゃないだろうか。「竹薮」さんの某小学校での「ゲーム脳」講演会レポート*5はそこらへんの問題意識に貫かれたもの。

*1:http://www.tv-game.com/column/clbr05/index.htm

*2:http://www.tv-game.com/column/clbr05/index2.htm

*3:そうだったら、笑ってしまうけど。

*4:たしかに勉強はできて、仕事でもそれなりの成功をしているのだろうけど、〈教養〉というかたちでの文化資本に関してはかなりロウワーだと思う

*5:http://members.jcom.home.ne.jp/take-yabu/tomogamebrain.html