プラグマティスト廣松(メモ)

「廣松哲学と現代中国」http://d.hatena.ne.jp/shin422/20120426/1335460767


廣松渉*1の中国における受容について述べられている。蓮實重彦氏まで、それについてコメントしているとは知らなかった。先ず中国における廣松といっても、それは南京大学を中心としたけっこうローカルな現象なのではないかと思う。本屋で膝の高さまで平積みされている『水伝』には当然及ばない。
さて廣松渉と「プラグマティズム」について述べた最後の部分は面白かった;


細かい論証は避けるが、実のところ廣松哲学とプラグマティズムは親和性がある。廣松が解明する世界の共同主観的存在構造は、何も認識の真理性の保証を共同主観化された認識論的主観に帰する議論でもなんでもない。むしろその不可能性を立論するものに他ならなかった。<通用性>と<妥当性>との違いは、何ら真理への階梯の段を意味するものでもない。したがって廣松哲学自身もその事的世界観の真理性を主張するものとはなっていない。乱暴にいってしまえば、とどのつまりは<通用性>を保証するものは<ゲバルト>に他ならないのである。<通用性>と抗争を演じる<妥当性>は真理とは無縁であって、あるのはただ<通用性>を転覆するに有用であるか否かということだ。

 なるほど廣松哲学批判として盛んに持ち出されるヘーゲル由来のフュア・ウンス、フュア・エスの区別を廣松が自説の真理性を保証するための概念装置として使用しているとの批判もあるが、確かに『弁証法の論理』を紐解けばそう思われないではない節があるものの、廣松は明確にフュア・ウンスといえども歴史の外に立つことはできないと言及し、時代のウア・ドクサからは自由になれないことも断っている。むしろ真理とは切り離された社会動態論として廣松哲学が現代中国に絶妙な仕方でマッチしているがゆえに受容されはじめているのではないかと思われるのである。そう、プラグマティズムとしての廣松哲学という塩梅である。

これにはぴんと来るものがある。遅くても1980年代初め以降、廣松は「役割理論」に盛んに言及するようになった。その際に参照されたのはG. H. ミード以来の社会学的役割論である。それは(ミードとも浅からぬ関係を持つ)シュッツのAufbau解読の試みである『現象学的社会学の祖型』へと繋がるものだろう。ただ『祖型』は一方で廣松の限界と言うこともでき、例えばAufbau新訳に付せられた佐藤嘉一先生の「序」は『祖型』への応答を含んでいる。
現象学的社会学の祖型―A・シュッツ研究ノート

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社会的世界の意味構成―理解社会学入門

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近代中国で成功した西洋思想はプラグマティズムマルクス主義だけだったと述べたのは山田慶児だったか(『未来への問い』)*2
未来への問い―中国の試み (1968年)

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廣松渉ということで、


張一兵「廣松渉:超凡的学術人生」http://www.njass.org.cn/qk_show.aspx?id=476&qk_id=558


という論文を見つける。 廣松渉のショート・バイオグラフィ。張一兵氏は廣松渉の翻訳者。