鈴木涼美「グレイスレス」(『ギフテッド/グレイスレス』*1、pp.111-223)から。
これは何という小説? 「映画化」もされている? ユートピアと幾何学。
(前略)部屋を出て、階段の踊り場にある細長い二つの窓から差し込む頼りない光で照らされた玄関を吹き抜けから見下ろすと、半分ほどまでいい加減に開け放したそこからも控えめな光が差し込んでいた。一階と同じように、やや狭い二階も吹き抜けを囲むようにして、母がギャラリーとよんだ書棚の並びがあり、それのさらに周囲に小部屋が配置されている。父の叔母が、海外の仕事も多い建築家に新居の相談をした際、最初に語った小説のイメージがそのまま生かされているのだと聞いた。小説の主人公は円形の島の夢を見る。島には五辺形の建物が建っていて、中央に白い大理石の丸い部屋があり、その周囲を五つの小部屋が取り巻いている。当初は単純に相談に乗っていた建築家はどうやら、参照された小説の中に描かれる構図を新しい家の設計に落とし込んでみたいという思いに駆られたようだった。
高校時代、母に手渡されて読んだその小説では、その建物は淫売屋であった。夢の中で主人公を島に連れてきた女船頭たちは、波止場や海辺で客を探す役目を持っていた。中央の円形の部屋にいると、周囲の五つのドアの下から快楽に疲れ切った男女のため息や喘ぎ声が聞こえてくる。赤は絨毯ではなく壁掛けと鏡に使われていた。それぞれの部屋の薔薇色の寝室に、全く新しいタイプの娼婦がいた。人々が女が死ぬのを観察するような慣習の土地についても記述されており、そこでは人妻も十五歳以上の娘も、男たちの視線に晒されながら、建物のなかの円形の空間の中で死ぬのだった。その時、ひろばは男だけのものになる。母が幻想的で美しいと言ったその作家は、フランスではポルノグラフィの収集家としても知られたらしい。私は幻想的とは思わなかったが、映画化された作品には好きなものがある。黒を纏った娼婦が美しかった。(pp.128-129)
