田坂博子「価値観揺さぶるNFT」『毎日新聞』2022年12月11日
NFT(非代替性トークン)*1やメタヴァース*2とアートについて。
新しい言葉は、時代のトレンドとして流通し消費されていくのが世の常であるが、NFTやメタバースに象徴的な、特定の管理者によらず、分散型で情報発信などを行う「Web3」の世界観は、今や美術館や博物館にも浸透しようとしている。実際には、NFT作品が高額で落札され大きな話題になっても、その投機的な動きや環境問題への影響に関する議論もあり、懐疑的に思う美術関係者も少なくない。浸透していくには時間が必要である。しかし、新しいモノに対する「うさん臭さ」は、未知なる創造や刺激を生み出す可能性も秘めている。かつて1990年代に初期インターネットが登場した時のように、今後の美術のインフラを考える上でも、NFTを取り巻く状況は、既存の芸術の価値観を揺さぶる問題提起の場であることは確かだ。
デジタルは複製可能であることが前提となるが、NFTは、ブロックチェーンという分散型台帳の技術を利用したデジタル署名によって、所有者が誰なのかを、複製ではないオリジナル作品であることを保証する。この点で、NFTは、複製可能な写真や映像の価値や保存管理への考え方に少なからず影響を及ぼすだろう。
米ニューヨークを拠点に活動する千房けん輔と赤岩やえによるアートデュオのexonemo(エキソネモ)*3が今年発表した『Metaverse Petshop』は、デジタルの所有権と管理のみならず、その倫理観に一石を投じた作品である。檻の中にモニターが置かれ、仮想の犬が映し出されたペットショップ風のインスタレーションでは、来場者がモニター上のQRコードをスキャンすると犬を購入できるようになっている。しかし、10分以内に誰かに購入されないと、犬は消去され、新しい犬に置き換わる。また一旦購入された犬は、購入者の携帯電話に転送されるが、驚くことに、購入者は所有した犬を殺し、生き生きとした独特の皮膚をNFTに変換することが選択できるようになっている。
国によっては違法であるペットショップとその背後に存在する動物の殺処分の問題をデジタル上で具現化した本作では、観客は購入のいかんを問わず、ペットの生死という現実の社会で起きている問題を突きつけられる。デジタル上で、現実の後味の悪さを追体験できるのだ。テクノロジーの問題は技術的な側面に目が奪われがちだが、重要なのは、いかに現実を変える議論に結びつけるかということなのだ。仮想世界と現実世界で扱われる生命や氏の問題に取り組んできたexonemoの真骨頂と言える。