しぶとい花

山口昌子「マロニエのパリ」『機』(藤原書店)375、p.17、2023


曰く、


今年はパリに春が来るのが遅かった。いつもは四月中旬には満開のマロニエの白い花が五月に入ってやっと開花した。

日本人が桜の花を愛するのは、アッという間に満開になり、アッという間に散り急ぐところが潔く、それが清らかな薄いピンクの花びらと共に日本人の心を揺さぶるからだ。
ところが、パリの代名詞のようなマロニエの花の命は長く、一ヶ月以上、雨にも風にも負けずに咲き誇っている。折からの「年金改革反対デモ」の長期化と重ね合わせ、フランス人の抵抗の精神を象徴しているかのように思える。
しかも、この花の不思議なところは、高さが三~四十メートルにも達する大木にびっしりと咲く藤の花のような花房が下に垂れ下がらずに、ニュートンの引力の法則に逆らって、天に向かって屹立している姿だ。この辺が、何事にもまず、反対するのを良しとするフランス人が、この花を愛する所以なのかもしれない。しかも、花びらは散った後も。道路を白い絨毯のようにいつまでも消えずに埋め尽くし、存在を主張している。

原産地のバルカン半島からマロニエが初めてパリにやってきたのは一六一二年だ。王妃マリ・ド・メディシスがこの微かに芳香を放つ白い花を見て一目惚れし、宮廷の庭園などに植樹した。やがて街路樹に採用され、庶民も愛でるようになった。シャンゼリゼ大通り(約二キロ)の街路樹は、凱旋門寄りの前半分はプラタナスだが、コンコルド広場寄りの後半分はマロニエだ。二〇二六年までには新たに十七万本が植樹されるが、大半がマロニエになる予定だという(パリ市)。