racisteの起源(1920s)

平野千果子『人種主義の歴史』から。
racisteという言葉が「人種差別」というような意味で使われるようになったのは1920年代のこと。


一九二二年六月二四日、ドイツ・ヴァイマール共和国外務大臣ヴァルター・ラーテナウが右翼に暗殺された。ユダヤ系の実業家で、二カ月前に史上初の社会主義国家、ロシア・ソヴィエト連邦社会主義共和国とラバロ条約を結んだばかりだった。フランスの歴史家でドイツを専門とするアンリ・リシュタンベルジェは、同年に刊行した『今日のドイツ』において、この暗殺事件にかかわった極右のナショナリストで直接行動主義のグループがdeutchvolkishch(ドイツ民族主義(者))と呼ばれていると述べ、これに「ゲルマニスト」あるいは「人種主義的/者(raciste)」という語をあてた。「人種」をテーマに多数の書物をものしているピエール・アンドレ・タギエフによれば、この語が「人種差別」という意味を含んで使われたのは、この時が最初だという(『偏見の力』)。
一九二五年には、ドイツの社会状況を記したフランスの歴史家エドモン・ヴェルミユが、「フェルキッシュ(volkishch)」という「翻訳しがたい」ドイツ語に、改めて「人種主義的」という単語をあてた(『現代のドイツ』)。民族を意味するフォルク(Volk)から派生した形容詞フェルキッシュはナチを大きく特徴づける言葉で、国粋主義的(民族至上主義的)という意味で使われていたものである。(pp.2-3)
さらに、

(前略)ドイツでは、一九一九年に創設されたドイツ労働者党が翌年にナチ党に改称。一九二一年七月からは党首となったアドルフ・ヒトラー(一八八九~一九四五)が独裁権を手にしていた。タギエフは、ナチ党が党勢を拡大する一九三〇年代には、「人種主義(レイシズム)」という言葉が陳腐なまでに流布するようになったと述べている。(p.3)
「人種主義」という言葉の拡散に対するナチズムの貢献。また、「人種主義」という言葉は、ナショナリズム或いは「民族主義」と密接に結びついていたわけだが、ナショナリズムと「人種主義」の境界は?