思想史的には

渡辺靖リバタリアニズム』から。
ドナルド・トランプの思想は米国社会思想史の中でどう位置づけられるのか。


その独特な姿勢はしばしば「ペイリオコン」(原保守主義者、paleocon : paleoconservatismの短縮形)に分類される。「黄金の五〇年代」と称される第二次世界大戦後の社会を、回帰するべき未来と捉えるのが特徴だ。アメリカの繁栄を謳歌し、公民権運動以前の、白人のミドルクラス(そしてキリスト教)中心の社会秩序を維持していた時代、ベトナム戦争に拘泥し、国家の威信を失う前の時代でもある*1
その黄金期の再来を阻む要因として、グローバル化(移民の流入自由貿易)や国際関与(同盟関係や多国間枠組み)が疑問視される。従来の共和党の立場比べると反移民、反多文化主義、経済ナショナリズム、不干渉主義の傾向が強い。
そして、それはトランプ氏の掲げる「アメリカ第一主義」とかなり符合する。大きな違いがあるとすれば、ペイリオコンが軍備増強に批判的――それゆえ「ネオコン」(安保保守)と対立する――なのに対し、トランプ氏は積極的という点であろうか。
ペイリオコンの思想的源流は二十世紀の南部農本主義カトリック伝統主義など多岐に及ぶが、政治的には霊前時代末期から顕在化してきた。共和党(一九九二年、九六年)や改革党(二〇〇〇年)から大統領選に出馬したパット・ブキャナン*2がその代表格だ。バノン*3やスティーヴン・ミラー(大統領上席顧問兼スピーチライター)*4もペイリオコンに位置づけられることが多い。
しかも、トランプ氏の場合、単にペイリオコンに近いということだけではなく、ロシアのウラジミール・プーチン大統領や中国の習近平国家主席、あるいは北朝鮮金正恩委員長のごとき権威主義体制の指導者を高く評価する傾向がある点で、従来のアメリカの政治家と大きく異なる。
加えて、自らを絶対視し、批判や異論を認めない姿勢や、つねに世間の関心の的であり続けようとする態度は歴代大統領のなかでも突出している。(後略)(pp.139-141)