ガラパゴス

福岡伸一*1「理系知と人文知のあいだ」『波』(新潮社)617、pp.40-42、2021


森田真生*2『計算する生命』の書評。
ここでは、福岡氏が「ガラパゴス諸島」について語っている最初の部分を写しておく。


パンデミックが世界を覆い尽くそうとする直前の2020年の春先、わたしは、積年の夢だったガラパゴス諸島への旅を実現することができた。
絶海の孤島に繰り広げられる大自然は、文字通り、驚異と絶景の連続だった。ガラパゴスゾウガメやイグアナ、グンカンドリやペリカン、アシカやオットセイなど、この島に奇跡的にたどりついた生きものが自由自在に繰り広げる生命系はまさにピュシス(ギリシャ語でいうところのありのままの自然)そのものだった。ここは進化の袋小路ではさらさらなく、むしろ進化の最前線、今ものすごいスピードで進化が展開されている実験場なのだった(なので、ガラパゴス化*3、などという言い方はとんでもなく間違っているのである)。
一方、我が身を振り返ってみると普段、様々な文明の利器と、インターネット・AIに象徴されるロゴス(ギリシャ語でいうところの論理、言語、アルゴリズム)にどっぷりと浸かった、都市化された生活から一気に引き剝がされ、かなり困惑させられた(小船をチャーターして航海したのでいきなりトイレや水の問題に直面した。島に上陸しても、ほとんどが無人であり、人為的行為は一切禁止である)が、徐々に、自分も生身の生物としてピュシスの動的平衡と循環の中の一員であることを感得できるようになった。何もない水平線から朝日が上り、何もない水平線に夕日が沈む。夜は満天の星。星が多く見えすぎて、星座がかき消されるほどだった。そうなのである。星座もまた人間の認識=ロゴスの産物なのだ。(p.40)