戦争研究と「世代」(吉田裕)

森健*1、吉田裕*2「戦争体験や記憶 どのように継承すべきか 森健の現代をみる」『毎日新聞』2020年7月26日


『日本軍兵士』の著者、 吉田裕氏との対談記事。
戦争研究と研究者やインフォーマントの「世代」の問題を巡る会話を切り抜いてみる;


森 歴史学者は、戦争の実態を検証してこなかったのですか。
吉田 戦後歴史学の第1世代は、学徒出陣などで戦争を体験していました。平和への意識が強い半面で、もう戦争や軍事には関わりたくないという意識が強かった。歴史学では軍事史研究は周縁に追いやられ、もっぱら旧陸海軍幕僚将校が行っていました。状況が変わってきたのは90年代です。戦争体験を持たない私たち第2世代が、歴史学の空白になっている軍事史研究に入っていこう、と考えました。元軍人たちの視点とは違う社会史や民衆史、地域史から本格的に取り組み始めます。
森 資料の制約もあったのでしょうか。旧日本軍関係の1次資料は敗戦に伴い大量に焼却され、残ったものはアメリカが没収しました。その後返還を受けた防衛庁は、それでも一般公開に消極的でした。現代の行政に通じる気がします。
吉田 政府は資料を収集して管理し、公開する。政策決定過程を透明化し、第三者の検証に堪えられるようにすることが必要です。今もできていません。
また、

森 戦後75年ですが、戦争体験者は急速に減っています。
吉田 総務省の人口推計(2019年10月現在)によれば、戦後生まれは総人口の84・5%です。戦前・戦中生まれは15・5%で、元兵士はさらに少ないでしょう。軍人恩給の本人受給者などから推計すると2万1000人程度、総人口の0・02%程度です。08年には元兵士は40万人以上が生存していたと推定されており、この10年余で急激に減少しています。戦争体験者がゼロになる時代がすぐそこまで来ています。
さて、

吉田 私は一昨年大学を退職するにあたり、約2万点の蔵書の引き取り手を探しましたが国内ではみつからず、結局韓国の大学に決まりました。日本には戦争に関する資料を収集・公開する公的な資料館がほとんどありません。戦争体験と記憶の継承、資料の散逸を防ぐためにも整備は急務です。