略称「ズー」

濱野ちひろ「著書を語る378――『聖なるズー』」『書標』497、pp.2-3、2020


開高健ノンフィクション賞」を受賞した『聖なるズー』について。
著者は現在「京都大学大学院の博士課程に在籍」し「文化人類学を専攻し、セクシュアリティ研究に取り組んでい」る(p.2)。


タイトルの「ズー」とは、動物性愛者のこと。動物性愛は英語でzoophiliaといい、動物性愛者たちは自分たちを「ズー」と呼ぶのです。本書を執筆するまでに、私は合計四ヶ月間をドイツで過ごし、二十名を超すズーたちと一緒に生活をしました。本書ではそのときの様子をなるべく仔細に書くように心がけました。(ibid.)

(前略)動物性愛者たちのパートナーは、犬や馬などの動物たちなのです。私には、犬や馬に言葉で想いを尋ねるすべがありません。ズーとそのパートナーとの関係性を知るためには、彼らの生活のありのままの姿を見なければならないと思ったのです。
ズーたちと一緒に毎日を過ごしてみると、言葉だけではわからなかった、さまざまな事実が見えてきました。ズーたちはひっきりなしにパートナーの動物とコミュニケーションを取るのですが、視線が交わる様子や触れあい方などは、言葉で説明してもらうのではなかなか理解が及びません。何日もかけて彼らと過ごすうち、次第に普段の生活が見えてくるようになり、またそのなかで、彼らが種を超えて意思を通じ合わせる様子がわかってくるのです。ひとつひとつ反芻しながら、考察を重ねていきました。(pp.2-3)

そもそも私が動物との性愛を含めたパートナーシップに興味を持ったきっかけは、このような関係性を通して、人間は果たして他者と対等な関係を築けるのか、といったことを考えたいと思ったからでした。私には、かつてのパートナーからの性暴力とDVを長期にわたって経験した過去があります。そのため、親密の関係性がときに生じさせる暴力的側面の問題などに強い関心を持ち続けています。
学術研究では、私の個人的な背景を明らかにする必要はありません。逆に言えば、これまで執筆した学術論文では、私は人間と動物の関係を考察しましたが、暴力や対等性などの問題にまで触れることはできませんでした。そこで思いついたのが、ノンフィクションの執筆でした。(p.3)