「例外的な世界」(メモ)

佐々木毅「古代思想の政治学的考察」『本』(講談社)320、pp.10-11、2003


ここでいう「古代」とは古代希臘・羅馬のこと。


古代において特筆すべきは、そこでは官僚制と常備軍という歴史上人間社会の多くで普通に見られた組織がなかったということである。その意味では誠に例外的な世界であった。実際、ギリシアやローマを取り囲む他の地中海世界においてこの二つはお馴染みの組織であり、それらは統治の不可欠な道具であった。それはその後の歴史においても同様であった。ところで、この二つのものを欠いていたということは権力の組織化や集中化がなく、権力が複数の主体によって「作られるもの」として現れたことを示唆している。そしてそこでの「政治」とは正に権力を「作り、運営する」活動として現れることになる。直接民主制はそれを全て目に見えるような形にまで、最も極端にまで推し進めた仕組みであった。勿論、ギリシアやローマにおいて軍事的活動は極めて重要な意味を持っていたが、そええは基本的にこの意味での「政治」を前提にした軍事的活動であって、初めから常備軍が別途に存在していたというものではなかった。
権力を「作り、運営する」ということは権力を「われわれのもの」と見なし、そうした視点から「公的」な権力をと積極的に、そして責任をもって関わることを意味していた。権力運用のルールやその担い手を決めるルールを定め、その限りにおいてこの担い手に服従するという、高度に機能的な市民と権力の関係がここに可能になる。権力の担い手に対する服従は個人的な恐怖感や心情的な同一化に基づくのではなく、一定のルールを前提にした義務感に基づくものとして意識される。ペルシャの大軍に対して少数で敢然と戦闘を挑むといった姿もこれと無関係ではない。その意味では権力への無関心と受身的な服従とこれは対照的な位置を占めている。「公的」権力を踏みにじり、それを私的な目的に転用するような「腐敗」に対しては断固として抵抗することもこのなかに含まれており、ひたすら権力者への恭順を説くような議論ともはっきりと違っている。(pp.10-11)
また、「官僚制や常備軍といった権力の組織化や集中化が現実には独裁的な政治体制と一体の関係にあったことを考えると、ここでの「政治」は広範な人々の政治参加を通して権力の不断の再構成と運営を行う仕組みである」(p.11)。