「音」で始まる

コンビニ人間 (文春文庫)

コンビニ人間 (文春文庫)

村田沙耶香*1コンビニ人間』の冒頭;


コンビニエンスストアは、音で満ちている。客が入ってくるチャイムの音に、店内を流れる有線放送で新製品を宣伝するアイドルの声。店員の掛け声に、バーコードをスキャンする音。かごに者を入れる音、パンの袋が握られる音に、店内を歩き回るヒールの音。全てが混ざり合い、「コンビニの音」になって、私の鼓膜にずっと触れている。
売り場のペットボトルが一つ売れ、代わりに奥にあるペットボトルがローラーで流れてくるカラカラ、という小さい音に顔をあげる。冷えた飲み物を最後にとってレジに向かう客が多いため、その音に反応して身体が勝手に動くのだ。ミネラルウォーターを手に取った女性客がまだレジに行かずにデザートを物色しているのを確認すると、手元に視線を戻す。
店内に散らばっている無数の音たちから情報を拾いながら、私の身体は納品されたばかりのおにぎりを並べている。朝のこの時間、売れるのはおにぎり、サンドイッチ、サラダだ。向こうではアルバイトの菅原さんが小さなスキャナーで検品している。私は機械が作った清潔な食べ物を整然と並べていく。新商品の明太子チーズは真ん中の二列に、その横はお店で一番売れているツナマヨネーズを二列に、あまり売れていないおかかのおにぎりは端っこだ。スピードが勝負なので、頭はほとんど使わず、私の中に染みこんでいるルールが肉体に指示を出している。
チャリ、という微かな小銭の音に反応して振り向き、レジのほうへ視線をやる。掌やポケットの中で小銭を鳴らしている人は、煙草か新聞をさっさと買って帰ろうとしている人が多いので、お金の音には敏感だ。案の定、缶コーヒーを片手に持ち、もう片方の手をポケットに突っこんだままレジに近付いている男性がいた。素早く店内を移動してレジカウンターの中に身体をすべりこませ、客を待たせないように中に立って待機する。(pp.7-8)