Nominal and substantial

たぬき「煙草のヨタ話」https://campingcarboy.hatenablog.com/entry/2019/02/22/115338


私が煙草を吸い始めたのは大学に入る直前で、煙草を止めたのは2012年七月のこと*1
「1箱に入っている煙草の本数は、実は決まっていない」。


 「そんなわけないでしょ。その箱から立て続けに取り出しているじゃない。いったい1箱に何本入っているの?」
 「店によって当たり外れがあるんだよ。15本ぐらいしか入っていないときもあれば、25~26本入っているときもある」
さて、既に何度か書いたけれど、1989年の天安門事件の直後から約一年くらい、中国の田舎町に住んで日本語教師をしていた。紙巻き煙草(cigarette)の製造には、葉っぱを紙で包んで、巻いて、締めて、糊付けするという工程が含まれる。当時の中国の煙草は、この巻きがあまくて、パッケージから出した途端に葉っぱの3分の1くらいが零れ落ちてしまうということが間々あった。煙草売りというのはいちばん気軽に始められる商売だったようで、街には煙草売りの屋台が乱立していた。当時の中国には煙草の公定価格というのはなかった。問屋から仕入れて、それに利潤を幾ら乗せるのかは個別の商人に任されていたので、値段は街々だった。なので、30年前の中国であれば、名目的ではなく実質的な意味で「15本ぐらいしか入っていないときもあれば、25~26本入っているときもある」というのはありえない話ではなかった。