- 作者: 新井紀子
- 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
- 発売日: 2018/02/02
- メディア: 単行本
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新井紀子『AIvs.教科書が読めない子どもたち』*1から。
「基礎読解力」(reading skill)はどんなファクターと相関しているのか;
この次のパラグラフは、さらにショッキング;
(前略)生活習慣、学習習慣、読書習慣などかなり網羅的なアンケートを実施しました。つまり、どのような習慣や学習が、読解力を育て、逆に損なう原因になっているかを調査したのです。
まずは読書習慣。読書は好きか、苦手か。好きだと答えた場合はいつごろから好きか、苦手な場合はいつごろから苦手になったか、直近の1ヵ月で何冊読んだか、好きな本のジャンルは文学かノンフィクションかなど、かなり細かく尋ねました。その結果、どの項目も能力値と相関が見当たらなかったのです。これはショックでした。当然、小さいころから読書が好き、と答えた生徒の読解力が高いだろうと期待していたからです。
では、学習習慣はどうか。1日何時間家庭で勉強しているか。塾には行っているか。家庭教師はつけているか。習い事はしているか、それはスポーツ系か音楽系かなども尋ねました。なんの相関も発見されませんでした。
では、得意科目はどうでしょうか。理系に苦手意識を持っている生徒は、数学や理科の教科書は見るのも嫌いかもしれません。だとしたら、得意科目からの出題は正答率が高いのに、苦手科目からの出題は正答率が下がるということもあり得ます。ところが、何の影響も見られませんでした。数学が苦手という生徒でも、能力値さえ高ければ、数学の教科書から出題された問題にもちゃんと正解できます。一方、数学が好きだと自己申告した生徒でも、の能力値が低ければ、計算を求めないような具体例同定(数学)の問題で間違えるのです。
スマートフォンを1日どれくらい使うか、新聞の購読の有無、ニュースをどんな媒体から知るかなども尋ねました。スマートフォンを使いすぎるとやや能力値が下がるなぁ、というくらいで、目立つ相関は何もありませんでした。
性別も能力値には何の関係もありませんでした。
ご期待に添えなくて申し訳ないのですが、今のところ、「こうすれば読解力は上がる」とか「このせいで読解力が下がる」と言えるような因子は発見されなかったのです。(pp.222-223)
言うまでもなく、「アンケート」は経験科学としての社会学が使用する主要な方法の一つである。学術調査だけでなく、世論調査や市場調査で使う場合も含めて、「アンケート」は、適切な仕方で質問文を作れば回答者は適切且つ一様な仕方で質問文の意味を理解している筈だという前提の下に行なわれている*4。新井さんはここで「アンケート」が成り立つための前提に疑問を投げかけていることになる。
では、本当に、読書も学習習慣も読解力には何の影響もないのでしょうか。そこまで考えて、私は「はた」と思い当たりました。なにしろ、問1の「仏教問題」*2や問3の「幕府問題」*3に答えられない中学生です。アンケートの文そのものを正確に読めなかった可能性すらあります。さらに言えば、自分が読書を本当に好きなのか、数学が得意なのか、客観的に判断できていないのかもしれません!
こうして、「基礎読解力を左右するのは何か」を、アンケートで明らかにすることを、私は諦めました。(pp.223-224)
さて、社会学者だけど、これは誰?
さて、
最近、社会学者の中にも、現実の政治に幻滅してか、「AIに任せたほうがましな政治をするのでではないか」と言い放つ人がいます。けれども、AIに「いい感じに政治をしてくれ」と頼むなら、最低限、何が「いい感じ」なのかを数理モデルにして伝える必要があります。エネルギーの消費のように数値化できるものはできますが、「いい感じの政治」を数値化することには無理があります。ヒトの幸福は数値化できないからです。それは数学者として断言できます。現代数学は、幸福の数値化ができるようにできていません。その価額の事実を無視して、AIに判断を任せたなら、人間には想像もつかないような歴史上例がない恐ろしい政治になることでしょう。(pp.36-37)
基礎読解力とアンケート結果との間に、何ら意味ある相関が見つからない中、大変気になることが見つかりました。就学補助率と能力値との強い負の相関です。学校教育法第19条では、「経済的理由によって、就学困難と認められる学齢児童又は学齢生徒の保護者に対しては、市町村は、必要な援助を与えなければならない」と定めています。援助の必要があると判断された児童・生徒は、就学補助を受けています。就学補助を受けているか否かは、アンケートでは聞いていません。協力いただいた中学校に就学補助率を伺いました。つまり、貧困は読解能力値にマイナスの影響を与えています。(p.227)
*1:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180502/1525232467 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180808/1533655648
*2:pp.195-196
*3:p.205
*4:この問題を巡っては、例えば井出裕久、張江洋直「方法と客観性――統計的調査法の隠された基盤」(in 西原和久、張江洋直、井出裕久、佐野正彦編『現象学的社会学は何を問うのか』、pp.190-224、井出裕久「標準化・妥当性と意味――調査票調査の問題性」(同書、pp.225-256)を参照されたい。