「できた」ではなく「あたった」

国語のできる子どもを育てる (講談社現代新書)

国語のできる子どもを育てる (講談社現代新書)

工藤順一『国語のできる子どもを育てる』*1から抜書き。
「読解問題」を巡って。


(前略)選択肢問題の場合、まったく本文を読まずに、勘や選択肢どうしの比較で正解にたどりつくことはいくらでもあります。というかほとんどの生徒がそれを使っています。その証拠に、それが正解の場合、彼らは「できた」ではなく、「あたった」という表現を使います。かつて『例の方法』という参考書でその方法を分析した予備校教師がいましたが*2、たとえばそのような方法が成功して無事大学に入れたとしても、本文=文章を読まない生徒がその後大学でやっていけるのでしょうか。もちろんやっていけるのが日本の大学ですが、これからの変わりつつある大学ではそうはいかないでしょう。
そして、この場合、測られている能力は文章を読む能力というよりも、短い情報を短時間で事務処理する、場合によっては姑息であざといだけということにもなりがちな「要領」という能力です。文字さえ読めて確認さえできればそのくらいの要領は十分に発揮できるのであり、本文で書いてあることを時間をかけて考え込んだり、問題意識を感じたり、悩んだりする必要はまったくないことになります。(pp.159-160)
See also 新井紀子『AIvs.教科書が読めない子どもたち』*3