橘孝三郎(保阪正康)

佐藤優保阪正康「時代に抵抗するための遺産  岩波文庫と私 3」(in 『岩波文庫と私』、pp.22-32)*1


保阪氏の発言;


僕は、昭和史や近代史を生きた人には、かなり多く会ってきました。一番記憶に残っているのは、五・一五事件の檄文の最後に「農民同志」という言葉があるね。あれは農本主義者の橘孝三郎なんですね。僕は手紙を出して、五・一五事件について会って話を聞きたいと言ったら、原稿用紙の真ん中に「了解」とだけ書いてきたんですよ。二字だけ。それで僕は、とにかく会いに行った。「君の質問は全部戦後民主主義に毒されている。私はそれでは答えたくないけれども、君が一生懸命水戸まで来て質問するのなら答えよう。今度来る時はベルクソンを読んで来い」と言うんです。僕は『岩波文庫総目録』を見て懐かしく思ったけれども、岩波文庫で『創造的進化』『時間と自由』なんか読んで、ひと月経っていくわけですよ。「読んできました」と言ったら、ベルクソンで私の行動を解説すると言うんです。なぜ私(橘)が参加したかというのは私の信条と別に私の行動から分析する方法があると言って、教えてくれましたね。次はロバート・オーウェンを読んで来いと言う。オーウェンの『新社会観』『オウエン自叙伝』を読んで、それに基づいて質問しろと言うんです。僕は一年半ずっと通いました。彼はラテン語も読みましたから相当の知識人です。GHQの将校の中には日本に来るなり、すぐ彼に会いに行った者もいますね。僕は、戦後通底している右翼論分析の尺度、それだけではだめなんだと思った。どういうふうに新たに分析していくか、いまだにやっていないです。農本主義というのは実際幅広いわけですね。権藤成卿とか山崎延吉、それに東畑精一なんかもそうだけれども、農村共同体や官僚的農本主義とか、農業そのものを捉える目によって違ってくる。(pp.28-29)
創造的進化 (岩波文庫 青 645-1)

創造的進化 (岩波文庫 青 645-1)

時間と自由 (岩波文庫)

時間と自由 (岩波文庫)