Unreliable narratorなど

承前*1

渡辺由佳里*2カズオ・イシグロの「信頼できない語り手」とは 」http://www.newsweekjapan.jp/watanabe/2017/10/post-36.php


カズオ・イシグロノーベル文学賞受賞を巡って。
曰く、


ノーベル文学賞を与えたスウェーデン・アカデミーは、イシグロについて「強い感情的な力を持つ小説を通し、世界と繋がっているという我々の幻想に潜む深淵を暴いた」作家と説明した。

それはどういう意味なのだろうか?

イシグロの作品は「信頼できない語り手(unreliable narrator)」で知られている。つまり、語り手自身が自分の人生や自分を取り囲む世界についてかならずしも真実を語っていないのだ。現実から目を背けている場合もあれば、現実を知らされていない場合もある。

だが、読者が小説を読み解くときには、語り手の視点に頼るしかない。物語が進むにつれ、馴染みある日常世界の下に隠されていた暗い深淵のような真実が顕わになってくる。そこで、読者は、語り手とともに強い感情に揺すぶられる。

浮世の画家』と『日の名残り』はイシグロ自身が何度か語っているように、設定こそ違うが「無駄にした人生」をテーマにした同様の作品である。前者はアーティストとしての人生、後者は執事としての職業人生と愛や結婚という個人的な人生の両方だ。どちらの語り手も、手遅れになるまで現実から目を背けてきたことに気付かされる。「暗い深淵」をさらに鮮やかに描いたのが『わたしを離さないで』だ。主人公が知る強烈な現実に、読者は足元をすくわれたような目眩いと絶望を感じさせられる。

浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)

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日の名残り (中公文庫)

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わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

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イシグロ自身が語っているように、私たちは誰もが「信頼できない語り手」といえるだろう*3。ここで、超越的/内在的、超越的/超越論的という哲学用語を導入してみたい誘惑に駆られるのだが、私たちの知覚能力や思考能力や倫理的資質がいくら優れていたとしても「信頼できない語り手」でしかないのは、偏に私たちが〈世界内存在〉*4であるからだろう。また、身体的な存在であること。また、映画における(ナレーションではない)オフ・ヴォイス。例えば王家衛*5の『恋する惑星重慶森林)』や『天使の涙(堕落天使)』。
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さて、渡辺さんのテクストに戻って、「ノーベル文学賞」の特質について語っている部分を引用する;

ところで、ノーベル賞のたびに日本のメディアは村上春樹を話題にする。「村上春樹が受賞するチャンスは?」という質問もよく受ける。だが、意外性を重んじるアカデミーのことを考えると、日本が騒げば騒ぐほど受賞は遠ざかるような気がしてならない。

よく誤解されていることだが、ノーベル文学賞は、文芸賞として権威があるブッカー賞などとは異なり、「最も優れた小説」に与えられるものではない。「文学の分野において理念をもって創作し、最も傑出した作品を創作した人物」が対象であり、「世界で最も優れた作家」でもない。

これまで重視されてきたのは「理念」の部分だ。そこで、社会的あるいは政治的な要素が反映した選択になりがちだ。最高峰の文学者や文芸小説家が集まって「最も優れた小説家」を選ぶのであれば、異なる選択になるだろう。

また、アカデミーの体質なのか、正統派の文芸作家や人気作家よりも意外性を重んじているように感じる。

過去10年間の受賞者の国籍は、フランス、ドイツ、ペルー、スウェーデン、中国、カナダ、フランス、ベラルーシアメリカとほとんど重ならない。

アメリカ人の受賞者にしても、社会性と意外性を感じる。1993年のトニ・モリソンは露骨な性表現や人種差別の内容で一時期著作が禁書扱いになった黒人作家であり、昨年はミュージシャンのボブ・ディランだった。


に昨年のディランの選択は論争を引き起こした。ミュージシャンとしてのディランの才能と達成は議論の余地はないが、詩人として選ぶなら、同等の評価を得ているミュージシャンの候補は山ほどいる。
たとえば回想録『ジャスト・キッズ』で全米図書賞を受賞したパティ・スミスや映画『いちご白書』の主題歌「サークルゲーム」を作詞作曲したジョニ・ミッチェルなど、長年にわたって文学的な才能や社会性を評価されてきた女性ミュージシャンだ。
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そして、再びイシグロ;

イシグロの選択は本人にとっても意外だったが、それは、彼が正統派の作家だからだ。

イシグロの作品は、近年の受賞者の作品と比べると読みやすく、読者の感情に直接訴えかける。また、文芸の世界ではジャンル小説が軽く扱われる傾向があるが、イシグロは、ジャンル小説とみなされている犯罪小説、SF、ファンタジーといった異なるジャンルに挑戦してきた。作品は映画化もされており、文芸小説としては大衆小説に近い人気を持つ。特に政治的な作品はなく、一般人がふつうに楽しめる小説を書く作家である。

See also

籏智広太*6カズオ・イシグロさんが「カツオ・ノドグロ」に見えてしまった人たち」https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/isono
山光瑛美*7ノーベル賞作家カズオ・イシグロさん 実はロックスターを夢見ていた"修行"時代」https://www.buzzfeed.com/jp/eimiyamamitsu/kazuo-ishiguro
AFP-Jiji “Kazuo Ishiguro: Social worker turned Nobel Prize winner” https://www.japantimes.co.jp/culture/2017/10/06/books/kazuo-ishiguro-social-worker-turned-nobel-prize-winner/
Kyodo, Jiji & AFP-Jiji “Nagasaki rejoices over native son Ishiguro’s winning of Nobel Prize in literature” https://www.japantimes.co.jp/news/2017/10/06/national/nagasaki-rejoices-native-son-ishiguros-winning-nobel-prize-literature/

*1:http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20171006/1507216381

*2:http://youshofanclub.com/ https://twitter.com/YukariWatanabe

*3:See https://www.theguardian.com/books/live/2015/jan/16/kazuo-ishiguro-webchat-the-buried-giant-the-unconsoled?page=with:block-54be5610e4b0afcea6f4968c#block-54be5610e4b0afcea6f4968c

*4:キング・クリムゾン的に言えば、Earthbound? See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060929/1159497317 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060930/1159584533 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080215/1203101413 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091015/1255630063

Earthbound

Earthbound

*5:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20051230/1135913094 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060106/1136516558 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20071115/1195100485 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080521/1211335728 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080904/1220538100 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090206/1233886285 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090511/1242021167 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100705/1278256021 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110401/1301629766 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110403/1301810026 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110703/1309710487 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110730/1311999717 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110731/1312137007 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110823/1314112677 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120302/1330694362 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130605/1370445336 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140929/1412004888 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160113/1452654924 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160120/1453259012 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160525/1464104050 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170424/1493002300 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170428/1493357197

*6:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170224/1487910099 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170226/1488077743 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170228/1488291005 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170303/1488508478 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170305/1488726602 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170306/1488817967 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170308/1488946981 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170309/1489024533 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170310/1489109908 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170406/1491451136 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170518/1495124746 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170602/1496371973 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170808/1502206282 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170828/1503891141 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170901/1504234324 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170915/1505482432

*7:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20161101/1478009976 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20161101/1478018802 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170525/1495678803 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170919/1505815460 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20171011/1507730436