「子どもを得られなくなった苦しみを知ってほしい」

承前*1

朝日新聞』の記事;


「凍結精子を無断で処分」 会社員夫妻、病院など提訴へ

阿部峻介

2016年6月1日19時20分

 病気治療の前に凍結保存していた精子を無断で処分されたとして、大阪府池田市に住む夫婦が2日、大阪市総合医療センター(大阪市都島区)を運営する大阪市民病院機構と当時の担当医を相手取り、計1千万円の損害賠償を求めて大阪地裁に提訴する。夫婦は「子どもを得られなくなった苦しみを知ってほしい」と訴えている。

 原告は会社員北村哲也さん(31)と妻(29)。訴状などによると、北村さんは血液が正常につくれない骨髄異形成症候群と診断され、2003年11月に大阪市総合医療センターに入院した。治療で精子細胞が壊れる恐れがあったため、センターは翌月から液体窒素精子を凍結させ、無償で保存を始めた。

 その後、12年4月に体外受精の担当医が別の病院に異動することなどから、センターは1年後をめどに凍結精子の移管や廃棄を検討。当時、交際中だった夫婦は同年12月、医師に「結婚するまで待ってほしい」と依頼。訴状では「勝手に廃棄することはない」と回答があったとしている。

 ところが、廃棄について北村さんに連絡がないまま、14年9月ごろに液体窒素の補充が打ち切られ、保存中の精子は機能を失った。

 北村さんは結婚3カ月後の15年4月、精子を引き取るためセンターに問い合わせ、凍結保存が継続されていないことを知った。訴状では、管理体制の甘さが担当者間の連絡ミスを生み、「了承を得た」と思い込んだと主張している。

 市民病院機構は取材に対し「現段階でコメントは差し控えたい」としている。(阿部峻介)
http://www.asahi.com/articles/ASJ507XHFJ50PTIL059.html

記事にははっきりと書いていないけれど、北村さんの生殖能力は「骨髄異形成症候群」*2の「治療」によって毀損されてしまったわけですね。昨年の段階では、

凍結精子を移す予定だったクリニックの診断で、北村さんの今の精子は動いていないことがわかっている。今後、手術で精巣を開き、精子のもとになる細胞が残っているかを確かめる予定だ。精子が見つかる可能性は30%前後だという。
(藤田遼「凍結精子失い、妻は泣き崩れた 病院が無断で保存中止」http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150520-00000007-asahi-soci
ということだったけど。生殖可能性の喪失というのは私たちの動物的準位、雄とか雌とか番いとかいった準位でのアイデンティティを揺るがしてしまうよ。アノミー*3といえる程度に不妊治療とか所謂〈妊活〉とかにのめり込んでしまう人(カップル)が少なくないというのはこのことと関係あるだろう。生殖可能性はあるけれど敢えてそれを行使しないというのとは全然違う。病院側の対応はそういった実存的危機(の可能性)に十分配慮したものではなかったといえる。