恢復期の罠その他

週刊新潮』は故笹井芳樹*1夫人*2にインタヴューをしている。
幾つかメモ。


「“主人はいつものように出て行った。それが最後になりました” 〈「笹井副センター長」未亡人インタビュー(1)〉」http://www.dailyshincho.jp/article/2016/02150400/?all=1



「あの日*3、主人は朝5時に起きてきたんです。

 主人は当時、心的な疲労がピークに達していました。春には一度入院し、その頃も出勤はしていましたが、家に帰ると疲れ切っていて、ご飯を食べて、お風呂に入ってすぐ寝てしまう毎日でした。まぁ、鬱病ですよね。でも、その日は珍しく早朝に起きていたんですよ。これは普段、東京に行く時のパターンなんです。だから、『出張に出かけるくらい、元気が出てきたのかな』と安心していたんです。そして主人はいつものように朝風呂に入り、いつものように自転車で家を出ていった。それが最後になりました。

 そのうしろ姿は深刻そうな状態とは思えなかった。ですから、数時間後、警察から連絡をもらった時には、“えっ、人違いじゃないですか!”と言ったくらい、“死”をにわかにはとても受け入れられませんでした」(未亡人)

自死したとき、笹井氏は「鬱病」の奈落に落ち込んで、緩やかに上昇カーヴに転じようとするとば口に立っていたわけだ。自殺することもできない落ち込みから少し這い上がって自殺する元気が恢復した故の悲劇*4


「“はじめは、主人は小保方さんのプレゼンに感心し、すごく優秀だ、と言っていました” 〈「笹井副センター長」未亡人インタビュー(4)〉」http://www.dailyshincho.jp/article/2016/02180400/?all=1


最初「プレゼン」をプレゼントと誤読してしまった。さすが女子力! 何を贈ったんだ?


「はじめは、主人は小保方さんのプレゼンに感心し、すごく優秀だ、と言っていました。

 研究者なら当たり前だと思いますが、主人はSTAP細胞の発表前も家族にそれについて何も言いませんでした。ただ、前日に『明日大きな発表があるから』と。その頃は副センター長としてものすごい量の仕事をこなしていましたが、やはりSTAPは素晴らしい研究であるので、多忙な中でも充実していましたし、『ネイチャー』に論文が載った時も、喜びに満ちあふれていました。

 はじめの疑惑であった『電気泳動』の画像に加工の痕があった件も、『あれはわからないよ』と、主人は少しも慌てていませんでした。はじめから間違っているという前提で見れば気が付くけど、論文を読む時はそういう目で見ていない。訂正で済ませられるんじゃないか、という気持ちはあったみたいです。その辺りはまだ落ち着いていたんです」(未亡人)


が、状況が一変したのは3月末。小保方氏が作製した細胞が、(山梨大の)若山(照彦)教授が渡した元のマウスと、遺伝子系統が異なることがわかってからだという。すなわち、研究の途中で、別の細胞が混入された可能性を強く示唆するものだった。

「この時には、これはもう致命傷だな、と言っていました。その頃には、論文を引っ込めた方が良い、と感じていたようです。“終わり”を覚悟していました。

 ちょうどその頃でしょうか、主人は、小保方さんについて、『研究者に向いていない』とこぼすようになりました。科学の世界はデータがすべて。証明するものはそれしかない。たとえ悪意のないミスであったとしても、データをそれだけ杜撰に扱うということは、信用できるものは何もなくなってしまう――と非常に驚いていたのです。ユニットリーダーになる時の彼女のプレゼンの素晴らしさと、一方で持つ、極めて杜撰な面のギャップにひどく驚いていました。あの頃になると、主人は小保方さんには『根本的に研究者としての適性がない』と思うようになっていました」(未亡人)


「【印税700万円の「小保方」手記】“小保方さんとは、いつかいろいろと話をしてみたい” 〈「笹井副センター長」未亡人インタビュー(5)〉」http://www.dailyshincho.jp/article/2016/02190400/?all=1


笹井芳樹氏は最後までSTAP細胞の実在を信じていたという;


「ただ、主人はSTAP現象そのものについては、最後まで『ある』と思っていたと思います。確かに主人の生前から『ES細胞が混入した』という疑惑が指摘され始めていました。しかし、主人はそれこそ山のようにES細胞を見て来ていた。その目から見て、『あの細胞はESとは明らかに形が異なる』という話を、家でもよくしていました。

 だから、小保方さん宛ての遺書にも『再現してください』との言葉が書かれていたのだと思います」

かくして、問題は生物学から認知科学へと回付される。
ところで、『週刊新潮』は小保方晴子のことを「黒い割烹着」と形容している。松本清張の小説みたいだ。