触発装置としての「漢文」(メモ)

齋藤希史『漢文脈と近代日本』からメモ;


漢文の流通した世界では、どの地域であっても――中国大陸でも――古典分としての漢文(文言)のみが唯一の書記体系として閉鎖的に存在しつづけたわけではありません。(略)漢文は、さまざまなかたちで、他の書記体系を生んでいきました。漢字を摸倣した西夏文字*1やチェノムはもとより、漢字から遠いように見えるハングルも、漢語音韻学の知識があってこそ成立したものであるのは、明らかです。『水滸伝』に見られるような中国の白話文(口語文)も、まず文言という書きことばがあって、それを規範として参照しながら形成されたのであって、口語をそのまま写したというものではありません。
(略)
漢文をただ中国古典文としてでなく、地域的かつ歴史的な拡がりの中で、その存在の意味を考えること。漢文との接触によって生まれたことばも含めて、広く漢文脈という流れの中で理解していくこと。漢字文化圏というタームは、漢字が流通した地域の共通性を探ることに重点が置かれる傾向がどうしてもありますが、むしろ、漢字や漢文は、それが流通した地域の固有性や多様性を喚起したという側面こそ、ほんとうは注目すべきであるように思います。そして、それらの固有性や多様性は、漢字や漢文が伝播する前にあらかじめそのようなものとして存在したのではなく、それが伝播したことによって、はじめて浮かび上がってきたものなのです。(pp.22-23)
「漢文」を巡っては、金文京『漢文と東アジア』*2を再度マークしておく。
漢文と東アジア――訓読の文化圏 (岩波新書)

漢文と東アジア――訓読の文化圏 (岩波新書)