「城崎温泉」(by 野口冨士男)

承前*1

野口冨士男『私のなかの東京』*2にどういうわけか「城崎温泉」の記述があり。小説「城の崎にて」の前提である、志賀直哉が「芝浦の埋立地」、現在の田町附近で山手線に撥ね飛ばされた事件の記述(pp.157-158)に続くものではあるが。
曰く、


志賀直哉の『城の崎にて』は、その負傷の《後養生》に北但馬の城崎温泉へ三週間滞在した折の属目から獲た名作だが、私はこれまで山陰地方には三回も旅行して、そのつど城崎を通過していながら一度も下車したことがなかったので、今年の三月たまたま松江から京都へ出た機会に一と列車おくらせて途中下車してみた。四十分たらずしか時間がなかったので、タクシで両岸に柳の並木があって、橋がたくさんかかっている大谿川のほとりをゆとうや旅館*3の前あたりまで一巡しただけで引き返してしまったが、町では清流を復原するために旅館の浴室からの落し湯をふくむ生活排水の一切を流し込む暗渠を川底に造成中だとのことで、その工事がおこなわれていた。すこし奥へ行くと志賀直哉の文学碑もあるようだが、文学碑などというものは、無理をしてまでみなくてはならぬというものではない。文学碑だけみて作品を読まぬ「文学ファン」がいるのは、困りものである。(pp.158-159)
小僧の神様・城の崎にて (新潮文庫)

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