男の子/女の子(メモ)

女性学とその周辺

女性学とその周辺

井上輝子「ベストセラーのなかの女性」(in 『女性学とその周辺』*1、pp.128-155)


少しメモ。
石原慎太郎『スパルタ教育』*2と浜尾実『女の子の躾け方』を巡って;


石原慎太郎『スパルタ教育――強い子どもに育てる本』は、六九〜七〇年度のベストセラー上位にランクされている。この本には、封建武士道へのノスタルジアのうえに、フロイトオイディプス・コンプレックスの発想を接木した男子教育論が、石原好みの断定的文体で展開されている。ここで描かれているのは、マイホーム主義の男子像や規格化された仕事に追われるサラリーマン像に対する反措定としての、大義とか国家とか仕事とかに能動的に献身するロマンチックな男子像である。わたしは、こうした男子像をかならずしも好むわけではないし、また現代社会において、このような男子像が存在可能なのは、自由裁量の場をもちうる一部上層エスタブリッシュメントのみであろう。だが、そうであるからこそ、この本がベストセラーになることも不思議ではないといえる。
だが問題なのは、この本が、一般型としての幼児教育論としてではなく、あくまでも男子教育論として書かれ、また読まれていることであり、これとは別に、女子教育のための本として、浜尾実『女の子の躾け方』がベストセラーとして予定されていることである*3。石原の『スパルタ教育』の副題は「強い子どもに育てる本」であり、浜尾のそれは「やさしい子どもに育てる本」である。光文社は、石原の語る「男の本質は強さであり、女の本質はやさしさである」という言葉を念頭において、この二著を企画したのにちがいない。そして、女子教育論をとなえる浜尾の著書の内容は、石原のそれに比べてさえ、あまりにオソマツなのである。
『女の子の躾け方』は、・子どもを躾ける心がまえ ・美しい心を育てる ・やさしい心を育てる ・正しい心を育てる、の四章から構成されている。各章の題名が象徴するように、本書でもっとも強調されているのは「心」である。「女性は、子どもを生むようにできているのだから、子どもを生み育てなければならないのです」といったかたくななまでの生物的決定論の中核には、「女らしい心」がある。そして「美しく」「やさしく」「正しい」女らしい心は「人の目をまっすぐ見」「字をていねいに書」き、「ほほえみを忘れ」ず、「ほしいものがあっても一週間がまん」し、「本は必ず終わりまで読」むことによって養われる。なぜなら、浜尾によれば「心」と作法とは、たとえばつぎのような内在的な関係を有するからである。「いつも不平不満をもって、文句ばかり言っていれば、そのうちお多福のようにふくれて、目のつりあがったみにくい顔つきになっていくでしょう。くだらないマンガしか読んでいない女の子は、いつのまにか目つきが下品になってくるものです」。
こうした、いささか枝葉末節にわたる礼儀作法の強調に加えて、本書にあるのは、つぎのような、良妻賢母イデオロギーの徳目の空疎な羅列である。たとえば「母親になったら国語の勉強をせよ」「母親の化粧は夫や娘のためにもするものである」「母親は娘の前ではどんな場合でも夫をたてよ」「貞節ということを教えよ」。
本書には『家事秘訣集』*4の奇想天外なアイデアもなければ、『スパルタ教育』のウィットもない。まして、とりたてていうほどの女子教育論があるわけでもないし、『冠婚葬祭入門』*5のような具体的処方箋が書かれているわけでもない。それにもかかわらず、『女の子の躾け方』がベストセラー化をうわさされるのは、光文社の宣伝力と並んで、ここに描かれた曖昧模糊とした「やさしい子」のイメージが、安定化し保守化した中間層家庭における女子教育の嗜好に合うためであろう。だがそれ以上に、この本がベストセラーになりうる要因は、この本の筆者が皇太子、浩宮礼宮の養育係をつとめた元東宮侍従であることにあるように、わたしは思えてならない。(pp.149-150)
浜尾実について。

浜尾実氏死去 元宮内庁東宮侍従で皇太子さまの教育担当


 浜尾 実氏(はまお・みのる=元宮内庁東宮侍従で皇太子さまの教育担当)25日午後9時、心不全のため長野県諏訪市の病院で死去、81歳。東京都出身。自宅は諏訪市大和(略)葬儀・告別式は近親者で行う。追悼ミサを30日午後1時半から東京都千代田区麹町6の5の1、聖イグナチオ教会で行う。喪主は長男昇(のぼる)氏。
2006/10/26 11:56 【共同通信
http://www.47news.jp/CN/200610/CN2006102601000627.html

See also


「浜尾実氏逝去」http://kabanehosi.seesaa.net/article/284364879.html
Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BF%B1%E5%B0%BE%E5%AE%9F


ところで、石原慎太郎も浜尾実も「子供」ではなく「子ども」という表記をしている*6

*1:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20131222/1387687939 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20131223/1387777644

*2:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101210/1292006456

*3:『スパルタ教育』の刊行が1970年で、『女の子の躾け方』の刊行は1972年。

*4:犬養智子著。1969年のベストセラー。See pp.145-146

*5:塩月弥栄子著。1970年刊行。その後、『続冠婚葬祭入門』、『続々冠婚葬祭入門』、『図解冠婚葬祭』も出ている。See pp.146-148

*6:See http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130725/1374761398 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130830/1377829871