聞き耳を立てる

http://kazuyomugi.cocolog-nifty.com/private/2010/12/twitter-c391.html


常識的に考えれば、自称「店長」が悪いに決まってはいる。個人情報保護云々ということもあるわけだし。但し、勝間和代*1も少々大人気ない。こんな感じで落ち着くのでは? それに対して、Midas氏曰く、


勝間が120%悪い。長嶋も勝新もタクシー短距離「一万円お釣りはいらない」。自分を嫌ってた店員の第一印象を覆し以降ファンにさせる位チップをはずみ相手に気をつかうべき。その程度の事が普通にできなければ人間失格 2010/12/17
http://b.hatena.ne.jp/Midas/20101217#bookmark-27340427
まあそうかも知れないけど、勝間和代ごとき〈凡人〉に長嶋茂雄勝新太郎のような気遣いを要求するのもちょっと酷なんじゃないかと思ったところ、同じような感想を持っている方を見つける;

zaikabou 店員が悪いと思うけど、心情的にはMidas先生にも抗えないw でも勝間先生に長嶋勝新レベルの昭和スタア的な大物ぶりを期待するのは無茶だすよ… 2010/12/17
http://b.hatena.ne.jp/zaikabou/20101217#bookmark-27370076
昔から〈女中部屋トーク〉みたいのがあって、メイドや下男たちがご主人様や奥様の悪口・陰口に花を咲かせていたわけだ。現在は、技術的理由によって、それが表へ出てしまう時代。また、大衆消費社会においては、(どんな貧乏人であっても)客はかつてのご主人様や奥様の位置に(一時的ではあるにせよ)立つことになる。であれば、一般大衆も女中や下男の陰口に耐えていた昔のお貴族様の心得を学ばなければならない。そういう意味では、Midas氏の言っていることも妥当だということになるのか。
自称「店長」の〈聞き耳〉だけど、Twitterという制限はあるにせよ、こいつには文才がないという批判がないのも不思議。私たちは既に(例えば)金井美恵子先生の至藝ともいえる〈聞き耳文体〉を知っている筈なのだ。「『古都』」(in 『快適生活研究』)からちょっとサンプリング;

(前略)L字形のヒノキのカウンター席が十二あって、私たちの席は丁度L字の角にあたっていて、Lの字の短い線の方に二人連れのダーク・スーツ、その隣りにおふくろと並木さん(中略)、角をはさんで、おばさん、私の順で座り、私の隣りは熟年の夫婦とその連れらしい熟年男の三人、その隣りはダーク・スーツの三人の中年から熟年の男の三人が、その夜のお客で、(中略)私は黙々と食べて飲み、おふくろと並木さんはすしを握っている主人とあれやこれや会話を弾ませ、おばさんは黙々と食べて飲み、お客の会話を小耳にはさんでいるようだし、私はいつもの癖でつい周囲の会話に耳をそばだててしまう成りゆきで、後でおばさんと確認しあったのだが、おふくろの隣りにいた二人は上司と部下で、部下をこんな店に連れてきたからには何かイワクがあるのだろうけれど、二十代後半の部下は、こういう店って苦手なんすよ、食べた気がしないし、出て来るのは全部魚で、オレ、肉が好きだから、という顔をしていて、それでも御馳走になっている手前、黙々と食べて飲んでいるだけでは気がひけるらしく、ウニを食べた並木さんが、これは見事なウニだねえ、カキのことを海のミルクというけれど、海が作った天然のフォアグラみたいだ、と気障、というのもはばかられる下品なグルメ評論家のようなことを言うのを小耳にはさんで、見事なウニですねえ、海の匂いがして、などと言い、中年と熟年の三人組は、どこかの大学病院の外科医らしくて、なんか「白い巨塔」的話題をスシ喰いながらしている様子で、選挙とかハバツとか、ウチとしてはどう動くかとか、今後の予定の話をし、私の隣りの夫婦と連れの三人は、共通の知人の再婚相手の女性がいかにも素敵な人で(少し変わり者ではあるけれど)彼のために本当によかったと、ひときわ声の大きい夫を中心に話していて、どうやら大声で喋る熟年は建築家で(それが証拠にグレーのジャケットの下にはマオ・カラーのシャツ)、中年の方は住宅設計のクライアントらしく、先日、建築家の自信作である快適ですみずみまで計算しつくされた自宅に招待されて奥さんの手料理まで御馳走になったおかえしに、この店に招待したらしいのだ。おかあ様が亡くなられて一人になったという場合、普通は身軽な一人暮しに快適なマンションを買うと思うけど、いやあ、あなたはエライなあ、おかあ様の思い出を取り込んだ設計理念で家を建て直してほしいというんだから、ぼくだって一人暮しの男の住む家を設計するのは楽しみですよ、ワクワクしちゃうなあ、うらやましいよなあ、男の一人暮しの完璧な城だもんな、なんて言うと、女房にしかられちゃいますけどと、建築家ははしゃぎ、ねえ、と女房の方を向き、シルバー・グレーのボウタイ結びのブラウスを着た女房はウフフ、と笑い、クライアントの中年は、そうそう、まさしく男の城がぼくの望みですから、と興奮し、建築家は、そうなんけれど、ぼくとしては、いつの日か、あなたの男の城が女性の出現によって崩壊して、改築と増築が必要になることを期待したいなあ、Kさんの例だってあるんだし、どんな縁があるか、人生ってわからないものですよ、ちょっと変わった人だけど、アキコさんとKさんはあの年だって相思相愛だし、いやね、アキコさんは、割れナベに綴じぶたってコトワザもありますわ、なんておっしゃっていますけどね、それを言うなら、ぼくら夫婦がそうですよ、ぼくはね、三度目の結婚でこの人に恵まれたわけですからねえ、夫婦は縁ですからねえ、と大声で言うものだから、いやでも店中に響き渡り、並木さんとおふくろは顔を見合わせて、ホントに、という顔をしちゃってさ、ここはすし屋なのであって、飲み屋やバーじゃないってのに、おばさんと私を間において体をのり出し気味にして、並木のジジイったら、失礼ですが、いやあ、御高説をもれ聞いておりまして、大変に共感いたしました、実は私ども夫婦も再婚で、なんて話しかけてしまうという厚顔無恥ぶりで、おばさんと私は顔を見合わせて溜息吐いて黙々と、アナゴ、トロ、ブリ、タコ、かんぴょう巻きと食べつづけ、かんぴょう巻きをつまみながら、ボソボソと、小津安二郎の『浮草物語』の飯田蝶子がやってる酒屋の庭に面した座敷のシーンでさ、庭にかんぴょうが吊るして干してあったじゃない、あれってさ、外人が見たら包帯だって思うかもしれないね、いやあ、たいていの人間って、映画を見ているつもりで何も見ていないから、そんなところは見ていないんじゃないの、といったどうでもいい事を言いあい、外科医三人はナントカ会という国会議員もやっている医者の経営している病院チェーン(?)の悪口を言い、一人のケータイが鳴り、あわてて店の外に出て行き、外車販売関係らしい二人組のサラリーマンの上司は、この店はね、シュンを先取りしたものが出て来るんだよ、と説明し、お手洗いに立った時に、小声で言っているのが聞こえたのだけど、こういうお店で多彩なお客様の話に耳を傾けるのは勉強になるんだ、お客様のライフ・スタイルを生で知る貴重な体験が販売に結びつくわけだ、とえらそうな口調で講釈をたれ、部下のケータイのメロディー着信(なぜか、『ある愛の詩』)が鳴るのに顔をしかめて、切って、と命令し、部下はハイ、ハイ、ハイ、とあわてる。(後略)(pp.160-163)
快適生活研究 (朝日文庫)

快適生活研究 (朝日文庫)

自称「店長」はこれをお手本に文章修行に励むべきだろう。