ヴィジュアル的反動とか

http://d.hatena.ne.jp/matsuiism/20101201/p1
http://d.hatena.ne.jp/matsuiism/20101202/p1


佐々木中『切りとれ、あの祈る手を―〈本〉と〈革命〉をめぐる五つの夜話』という本は知らなかった*1
最初に突っ込み。佐々木氏は「ネアンデルタール人はどうも別種で、亜種ですらない」と書いているらしい。最新の研究によると、現代人、特にヨーロッパ人や亜細亜人は純粋なホモ・サピエンスではなく、ネアンデルタール人との〈雑種〉である*2
それはともかくとして、佐々木氏は例えばルターの「宗教改革」について語っているらしい――「ルターは何をしたか。聖書を読んだ。彼は聖書を読み、聖書を翻訳し、そして数限りない本を書いた。かくして革命は起きた。本を読むこと、それが革命だったのです」。これを読んで思い出したのは、カトリック側の対抗宗教改革*3の戦略が逆にヴィジュアルの強調だったということ。かなり前に、若桑みどりさん*4が出演していたTV番組で某タレントが中世初期の宗教画とバロックの宗教画を比較して、漫画本とハリウッド映画の違いですねと言っていた。「聖書」に拘ったプロテスタント、特にカルヴィニズムにおいては、その感覚的なものへの敵意によって、美術、建築、音楽等における洗練は積極的に否定された。マニエリスムからバロックへと至る西洋美術史の流れは、その宗教的な側面について言うと、カトリックが洗練されたヴィジュアルの迫力によってプロテスタント側を圧倒しようとする戦略を採ったことを示している。ちょうど、ハリウッド映画が米国のソフト・パワーとして他国をヴィジュアルに圧倒しているように。また、このことは20世紀後半になって、カトリック教徒のカナダ人であるマーシャル・マクルーハンが〈ルター/グーテンベルク的体制〉に公然と叛旗を翻したことと関係があるだろう。
Karen Armstrongさんが”Unholy strictures”*5で論じているように、ルター以降の「聖書」=テクスト至上主義とその(近代化に伴う)他の宗教伝統への伝染なしにはliteralism(直解主義或いは文字通り主義)としての原理主義の成立はなかった。「言語」(或いは「文字」)と「暴力」は単純に対立するのではなく、「言語」(或いは「文字」)が或る種の暴力を内在させており、また或る種の暴力をリリースしてしまうといっていいだろう。そこから、「言語」(或いは「文字」)を否定することなく(「言語」や「文字」の否定・抹消はさらに凶暴な暴力を伴う)、「言語」(或いは「文字」)の暴力性を如何にして骨抜きにするのかという脱構築的或いは『荘子』的思考の課題が開けてくるともいえる(Cf. eg. 中島隆博『残響の中国哲学』、『『荘子』――鶏となって時を告げよ』)。

残響の中国哲学―言語と政治

残響の中国哲学―言語と政治

『荘子』―鶏となって時を告げよ (書物誕生―あたらしい古典入門)

『荘子』―鶏となって時を告げよ (書物誕生―あたらしい古典入門)

さて、「言語」特に「文字」が「暴力」を孕んでいるとして、また別の面を考えるべきだろう。あらゆる〈聖〉が〈賤〉と紙一重であるように、(少なくとも前近代においては)「文字」も不穏当なもの、不気味なものとして一般人によって忌避或いは排除されていたのかも知れないのだ*6四川省に住むNuosu*7という人々について書かれたStevan Harrell Ways of Being Ethnic in Southwest China*8を読んでいるのだが、Nuosu社会は独自の文字を有している。しかし、20世紀初頭まではbimoと呼ばれる「司祭(priest)」によって「独占」されており、一般人が手紙などに使用するようになったのは20世紀半ば以降、政府や共産党の公文書に使用されるようになったのは1980年代以降である(pp.97-98、100-101)。聖職者による文字の「独占」。これは逆に一般人による文字の忌避、そして聖職者への押し付けと解釈することも可能なのでは? 因みにNuosu社会には(チベットのような)〈政教一致〉はない。Nuosu社会は、nzymo(上級貴族)、nuoho(下級貴族)、quho(平民)、mgajie(農奴)、gaxy(家内奴隷)からなる厳密な階級制度を形成してきたが(p.93ff.)、bimoは平民階級(quho)しかなれなかった(p.97)*9
Ways of Being Ethnic in Southwest China (Studies on Ethnic Groups in China)

Ways of Being Ethnic in Southwest China (Studies on Ethnic Groups in China)