空間及び時間

ひとり日和 (河出文庫)

ひとり日和 (河出文庫)

青山七恵『ひとり日和』*1を先月読了したのだが*2、それについてちょっとメモ。
この小説は空間と時間が重要な意味を持っているといえるだろう。
空間について。ミクロな空間と(相対的に)マクロな空間*3
この小説でミクロな空間といえば、「わたし」(「三田千寿」)が住むことになる「母方の祖母の弟の奥さん」(p.31)だった「荻野吟子」の家のロケーション。


この家は駅のホームの端と向かい合わせにあるくせに、わざわざ商店街のほうから回り道してこなくてはいけない。ホーム沿いに道はあるけれども、敷地が垣根で囲ってあるせいで、そこから入っていけないらしい。(p.12)

家にいると、電車の音やアナウンスの声が絶え間なく聞こえてくる。快速や特急が通るたびにガラス戸ががたがた揺れるが、もう慣れた。縁側に立って、腰に片手を当てて電車を見送る。ときどき電車の中の人と目が合うが、きっとにらみ返すとすぐ目をそらされる。
吟子さんの家から見えるのは、新宿に向かう電車の一番後ろの車両だった。この駅には改札がひとつしかなく、それも家とは逆の端にあるので、こちらまで移動して電車を待つ人はほとんどいない。垣根とホームのあいだの小道は家の前で行き止まりになっていて、ときどき道慣れない人がやってきては、不思議そうにあたりを見回してもときた道を帰っていった。(p.26)
近いのに遠い。こうした距離感或いは遠近感の攪乱は、松浦寿輝『半島』の舞台となる島を思い出させる*4。また、(併録された)新宿駅附近を延々と歩き回る「出発」においては距離感の攪乱それ自体が主題に押し上げられている感がある。
半島 (文春文庫)

半島 (文春文庫)

マクロな空間ということだと、埼玉と東京の関係。この小説は或る意味で、「わたし」の埼玉との訣別と再会(和解?)の物語ということもできる。最初、「わたし」は(何処なのか、どの鉄道の沿線なのかはわからないが)埼玉の東京まで「二時間」かかるところ(p.28)に母親と住んでいた。母親が中国へ行ってしまったので、京王線沿線の「荻野吟子」の家に移り住むことになる。そして、その家を出て、「東武東上線のみずほ台」の「社員寮」(p.156)に住むことになる。また埼玉。それから、新宿駅が物語のハブとなっていることに気づく。みずほ台、(「わたし」が就職する)会社のある池袋、「荻野吟子」の家のある京王線沿線の某所を繋いでいるのは新宿駅なのである。小説の最初の方には、「母とは今朝、新宿駅で別れた」という文が出てくる(p.11)。また、中国から一時帰国する「母」が泊まるのも新宿のホテルなのだ。
時間ということだと、この小説は






春の手前


という章立てがなされている。だから、〈四季小説〉といっていいのかも知れない*5。ともかく、季節が描写される中で、「わたし」にとって、「春」には恋愛が破綻し*6、「夏」には新しい恋愛が始まり、「秋」の終わりにはそれがまた終わって、「春の手前」にまた新しい恋愛が始まる。四季という枠の中で、緩いといえば緩い、速いといえば速い時間が過ぎていく。そのせいなのか知れないけれど、「わたし」の「フリーター」から「正社員」への転機も、あたかも春になれば草が芽吹くのと同じレヴェルの〈自然〉であるかのように感じてしまう。実際、「わたし」が「正社員」になったのも、自分で強く望んだり・努力したからではなく、ラッキーな出来事として降って湧いたのだった。
また、時間の痕跡或いは記憶の問題。この小説には、2つの時間の痕跡(過去)の保存の仕方が提示されている。先ずは「荻野吟子」の家にある死んだ猫たちの写真;


その部屋には、立派な額縁に入れられた猫の写真が鴨居の上に並んでいた。入って左の壁から始まり、窓のある壁を通り、右側の壁の半分まで写真は続いている。数える気にもならなかった。猫たちは、白黒だったりカラーだったり、そっぽを向いていたり、じっとわたしを見つめていたりする。部屋全体が仏壇みたいに辛気くさく、入り口に立ちつくした。(p.9)
猫たちは「最初に飼った猫」の名前から「チェロキー」と総称され、この部屋は「チェロキーの部屋」と呼ばれている(p.24)。
また、盗みとコレクション;

それからちょくちょく。彼の小物をこっそりいただいている。
といっても、藤田君はあまり荷物を持たない人なので、彼の部屋にお邪魔したときに、いろいろとくすねている。缶コーヒーについてくるおまけのミニカーだとか、キーホルダーとか、ごつい指輪とか、パンツとか。持ち帰って、とくと眺めてから、靴箱にしまう。そのついでに、死んだ人を偲ぶように、わたしはそこに入っているものを取り出し、その持ち主だった人のことを思う。
クラスの人気者だった男の子の体育帽。前の席に座っていた女の子の花の飾り付きゴム。憧れていた数学の先生の赤ペン。間違えて投函されていた、マンションの隣人へのダイレクトメール。くしゃくしゃに丸めてあったティッシュを開けると、短い髪の毛が出てきた。陽平の髪の毛だ。寝ているあいだに、はさみで切って持ってきた。藤田君とは対照的な真っ黒なくせっ毛。両端をひっぱると、音もなく真ん中で切れてしまう。
箱に顔を伏せて、匂いをかいでみた。
そこに入っているものは、年々色あせていく。個々の匂いを失っていく。(後略)(pp.96-97)
後者の過去は前者の過去へと同化していく;

(前略)椅子に座って、靴箱の中身をしばらく眺めた。もういい、と思ったところで、椅子を壁に押し付けて、その上に立つ。靴箱を右手に持ち、中に入っているものを順番にチェロキーたちの額縁の裏に置いていった。体育帽も、花飾り付きのゴムも、赤ペンも、髪の毛も、煙草も、仁丹も、ぜんぶ。
空になった靴箱は、つぶして重ねて、紐でぐるぐる巻きにして、台所の古新聞の上に捨ててきた。流しに寄りかかって暗い台所から続く居間を見渡してみても、ここに来たときと同じように、ここを去る、という実感がわかなかった。(pp.162-163)

*1:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070120/1169274863 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20071016/1192539212

*2:http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101113/1289616753

*3:メゾな空間というべきか。

*4:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100817/1282017426

*5:そんなジャンルあるのか。

*6:これは埼玉との訣別との一環である。