収容所の跡など

承前*1

Miracles of Life

Miracles of Life

J. G. バラードは1943年3月から1945年8月まで、日本軍の強制収容所、Lunghua Campに収容されていた。被収容者の殆どは英国人で、そのほかに白耳義人と和蘭人(Miracles of Life, p.63)。2000人、そのうち子どもは300人(p.72)。
さて、かつて収容所は現在「上海中学(Shanghai High School)」である(pp.271-273)。John Sunyer “JG Ballard’s Shanghai”(TimeOut Shanghai April 2010, pp.56-57)という記事によれば、それは「百色路」にある(p.56)。地図で探してみると、「百色路」は上海植物園*2の真南。自宅の前からバスに乗って、「上海植物園」で降り、百色路を西の方向に向かって歩く。そうすると、龍川北路との交差点のところに「上海中学」はあった。バラード一家が住んでいたのは収容所のGブロックという建物で、1991年に上海を訪ねたときにはGブロックは寄宿舎として使われており、バラード一家が住んでいた部屋はゴミ置き場として使われていた(Miracles of Life, p.273)。TimeOut Shanghaiの記事によれば、Gブロックは2008年にプールをつくるために壊されたという。

奥に見えるのは龍呉路。


上海中学正門

百色路と龍川北路の交差点。向こうに見える緑は上海植物園。

さて、バラード曰く、


Lunghua Camp was sited in a notorious malaria zone (the Shanghai High School which now occupies the former camp is still plagued by mosquitoes, and in 1991 the British Airway Travel Clinic warned me to leave the area before dark). (p.62)
おいおい。
それから、バラードが龍華の仏塔*3について記している箇所――”Lunghua pagoda had been turned into a flak tower by the Japanese, and as I watched the attacks from the first-floor balcony of the men’s washroom the pagoda was lit up like a Christmas tree, gunfire flickering from its upper decks.”(p.97) 現在では「上海中学」の位置から龍華の仏塔を見ることはできないけれど。龍華塔については、張化『上海宗教通覧』*4(p.184)を参照のこと*5。現在建っているのは宋朝太平興国2年(977年)の建物。